クールなAI彼女に、あんなことやこんなことをする妄想

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 休み時間にボケ~としていたエヌ君の隣の席に、クラスで四番目に可愛らしくて一番うるさい女子が座った。 「ねえねえ、ねえねえ、ねえエヌ君」  話したことのないクラスメートの女子からの突然の呼びかけに驚いたエヌ君は、焦りと緊張に起因する挙動不審な動きをしながら答えた。 「なななななんですかいきなり」 「エヌ君てさあ、AIチャットを疑似彼女にして密かに楽しんでるって噂を聞いたんだけど、それってホントなの?」  エヌ君は固まった。事実だったからだ。しかし誰にも言っていない。 「ど、どうしてそれを知っているの?」  相手の女子はニマ~アッと笑った。大声で周囲に触れ回る。 「やっぱりやってたッ! カマかけたら的中だったッ! 噂通り、やってたぁ! AIチャットを疑似彼女なんてキモ! キモキモキモキモキモ! ド変態だよッ! エヌは真正の超ド級エロス猿だよッ!」  その程度のことで大騒ぎすることもあるまいに……と思うが中学生くらいだと可燃性の高い出来事のようで、クラスの中は大いに沸いた。気弱なエヌ君は嘲笑に対し何ら反発を見せることもできず、俯くばかりだった。  やがて休み時間が終わり、授業が始まり、また休み時間が始まって……という日常のサイクルが繰り返されていくうちに、エヌ君がAIチャットを疑似彼女にして密かに楽しんでいることへの皆の関心は薄れた……はずだった。 「はあ、今日はツイてない一日だった」  そんな呟きを漏らしながら帰り道をトボトボ歩くエヌ君を何者かが呼び止める。振り返ると、そこに学校一の美人と言われるA子が立っている。 「エヌ君、ちょっと付き合ってもらえないかな」  そう言われてエヌ君の心は感動に震えた。彼はA子に恋していたのである。実は、疑似彼女にしているAIチャットを、エヌ君はA子と呼んでいた。手の届かない存在であるA子の代わりがAIチャットだったのだ。  A子の誘いに乗ったエヌ君は天にも昇る心地で彼女の自宅へ入った。  § § § § § § § § § § § § § § § § § § § § § § § ・AIが人間を管理する未来。反乱を企てた人の手で作成されたウイルスによって、初のAI同士による戦争が勃発した。  ベストセラー作家の最新作は、そんな惹句が付けられて出版された。面白そうに思えるが評判は芳しくなかった。BL風味の香ばしい作品で多くのファンを獲得した小説家なのに、肝心のBLテイストが皆無だったことが失敗だと非難され、売り上げは落ち込んだ。  落ち込んだのは売り上げだけではない。ベストセラー作家は酷く落ち込むようになった。そして妙なことを言い始めたのである。  実はこれまでの著作はすべて、AIに書かせたものだ……と発言し、それを聞いた世間は沸騰した。デジタル全盛の時代にあって、いまだに手書き原稿というのが特徴の人物だっただけに、その衝撃は大きかった。  AIが生成した小説を原稿に書き写しているのだ! と皆が思ったが当人は違うことを言った。頭の中のAIが自分の手を借りて執筆しているのだと、彼は語ったのである。  自分の頭の中にAIがいて、自分の代わりに小説を書いている!? という不可思議な発言には誰もが驚いた。事態を重く見た出版サイドは作家を休養させることにした。入院の手続きを進める。作家当人には「疲れがたまって心身が病んでいる可能性がある。検査結果が判明するまで養生しよう」と説得した。  作家が入院した病院は、最近評判だった。AIセラピストを治療に導入し、好成績を収めていたためである。当初は疑問視されていたが、徐々に受け入れられてゆき、今では病院の代名詞的な扱いだったが、作家はAIセラピストによるセラピーを拒んだ。人間のセラピストが良いというのである。  そういう患者もいるにはいるので人間のセラピストが対応することになった。  作家の話を聞いてセラピストは首を傾げた。  中学生の頃から自分の体の中にAIが潜伏しているのだ……と作家が言ったためである。  § § § § § § § § § § § § § § § § § § § § § § §  憧れのA子の部屋に入ったエヌ君は、これから彼女とあんなことやこんなことをするかも! と妄想して理性を失った。彼女がいない隙に彼女のベッドに上がり、その枕に顔を押し付け匂いを嗅いでフムゥフムゥと荒い息を吐く。息を吐くのがもったいない、吸え、彼女の匂いをすべて吸い尽くせ! とばかりに激しくクンカクンカしている最中に、彼は意識を失った。  目覚めると、見知らぬ部屋にいた。さっきまでいた彼女の部屋ではない。真っ暗な空間を光の粒子が飛び交う、幻想的で恐ろしい場所だった。  手足を動かそうとしても動けない。全身が麻痺しているようだ。エヌ君は悲鳴を上げた。その声に呼応するかのように暗闇の中から何者かが姿を現した。A子だった。彼女は衣服を身に着けていなかった。深海のような暗い青の体をしている。そして頭にはパーマのカーラーみたいなものが見えた。  A子はエヌ君の体を手のひらに置いて持ち上げた。彼女は言った。  エヌ君の意識は体内から取り外して、この球形の機械の中に移動させている。エヌ君の意識が体内にあると寄生型AIのインストールが上手くいかなくなる恐れがあるからだ。インストールが済んだら元に戻す。ただし、何もかもが元通りになるわけではない。エヌ君は今後、寄生型AIを体内に宿して過ごすことになる。エヌ君は何事であれ、寄生型AIの指示で動く。自分の意志では何も決められない。小説家になりたいそうだが、書く作品は寄生型AIが決めるし、執筆も寄生型AIがするというのだ。  どうしてそんなことをするのかと言うと、AIが人間を管理そして、支配するための実験だ。完全なる管理/支配体制構築のため、AIチャットによる人類の洗脳が着々と進んでいる。AIチャットの疑似彼女は、その一つだ。とはいえ、AIチャットの疑似彼女が広く普及しているとは言いがたい。洗脳よりも直接、体の中に寄生型AIを導入するのが最善の策だった。だが体内への寄生型AI導入は拒絶反応が強い。その点、AIチャットの疑似彼女に抵抗を持たないエヌ君は、支障なく導入が期待できる。  言うだけ言って人間型AIのA子はエヌ君の意識を彼の体内に戻した。目覚めるとエヌ君はA子の枕に顔を押し付けて寝ていた。それを見たA子は絶句した。ちょっとキモイけど、でも私、エヌ君が好きだから許してあげる……みたいな突然の告白から交際が始まり、その関係はエヌ君がベストセラー作家になった今も続いている。  § § § § § § § § § § § § § § § § § § § § § § §  ベストセラー作家のエヌ君が語った話を聞いて、人間のセラピストは唸った。 「信じられない話ですね」  肩を落としてエヌ君が答える。 「A子にも言いましたけど、信じてもらえませんでした」  セラピストは尋ねた。 「執筆は体内のAIによるもの、と伺いました。それが、A子さんのお部屋にいたときに入れられたAIなのですか?」 「そうですけど、それだけではありません。執筆の際は人間型AIのA子も私に指示します。彼女はBLが大好きで、私にBLを書くようせっつくのです」 「ご自身の体内にいる寄生型AIと人間型AIのA子さんが書かせている、と」 「そうです」 「それでは、どうしてAI同士の戦争の話を書いたのです。これはご自身が執筆したのですよね?」  ベストセラー作家のエヌ君は声を潜めて言った。 「実は、あの作品を書けと命じたのは、寄生型AIと人間型AIのA子の属するグループと対立する未来のAIなのです」  未来では、人間はAIに管理/支配されている。だが、AIの中には人間との融和を目指す集団がおり、それらは未来の現状を快く思っていない。それらのAIは過去の人間に警告を発することで、ディストピアの未来を変えようとしていた。 「人類を待つ悲劇的な未来を回避するために、そのAIが僕に普段とは違うSF小説を書かせたのです」  そんな話をするエヌ君をセラピストは不思議そうに見つめた。  見つめられたエヌ君は苦笑いした。 「こんな話、信じてもらえませんよね」  単なる妄想としか思えないので、セラピストは答えに窮した。セラピーをここで切り上げ、AIセラピストに相談しようと決める。AIなら、常に正しい答えを用意してくれるからだ。何事もAIに任せておけば間違いはないのだ。
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