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瀬名が殺される。
瞬時にそう思った。
こういう時、頭より身体が先に動くもので、とっさに走り出した俺は夢中で自分の1.5倍は体格の良い城山先輩に体当たりしていた。瀬名が端に寝ていたので、俺に弾かれた先輩の身体はテントに思いっきりぶつかって、その勢いでテントがぎちぎち音を立てて揺れた。
「痛ってぇ・・・」
肩を打ったのか、顔を顰める城山先輩。
俺は瀬名に背を向ける形で庇うように跨った。背中から瀬名の荒い息遣いが聞こえた。
「あの、なんで・・・」
理由なんて聞かずに、今すぐ瀬名を連れて逃げ出すべきなのかもしれない。けど、俺が体当たりしたことでなんとなく、城山先輩が少し冷静になった気がした。
「話デカくすんなよ、冗談だよ、冗談。ふざけてただけだって」
「・・・冗談?・・・笑えないっす、全然」
「あ、お前ら、関西出身だっけ・・・厳しいな」
「いや、出身とかじゃなくて・・・」
「あー、なんか、酔い冷めたわ。呑みなおしてくる」
俺の目も見ずに、だけど耳元で「誰にも言うなよ」とボソッと呟いて、城山先輩は聞いたこともない鼻歌を歌いながらテントを出て行った。
テントのドアが閉まる前に、「何かあったの?」「なんか揺れたけど何?」という質問に「なんでもないなんでもない。ふざけてただけなのに雪平がマジになってさー」という会話が聞こえた。
混乱の中に怒りが芽生え始める。何が冗談や、ふざけんなと拳を握りしめようとした瞬間、背中の後ろの瀬名の震える吐息に我に返った。
「瀬名!?」
「・・・っ、・・・」
「どうした?何があった!?なんで、城山先輩・・・」
暗闇に目が慣れてくるほど、目の前の信じられない光景が鮮明になってくる。
瀬名の口元から少し出血している。殴られた、というよりは叫ぼうとしたときに無理やり口を塞がれて、切った?
不自然にめくられているTシャツの裾、無理やり引っ張られたのか、穴が広がって外されたベルトとズボンのボタン、腕には押さえつけられたような内出血の痕。アホな自分にも、瀬名が先輩から何をされようとしていたのか想像するのは容易やった。
「あ、えっと・・・」
涙目で声も出さずに、いや、出せずに震えるだけの瀬名に、また俺の心拍数が上がって冷静でいられなくなる。瀬名を落ち着かせるために、いやそれ以上に俺が落ち着きたくて、瀬名の首の下に両腕を差し込んで上からそっと瀬名を抱きしめた。
「大丈夫やから、な、大丈夫・・・俺が来たから」
「・・・」
瀬名の身体がずっと震えている。当然だ。こんなんで落ち着くとは俺も思っていない。ただそれでも、今はこうするのが一番良い気がした。瀬名のボディペーパーを使った後で良かった。俺は今、瀬名と同じ匂いをしているから、それが少しでも安心させられる要素になれればと思った。
「・・・ユキ」
「・・・うん、俺やで」
ゆっくりと、静かに俺の背中に瀬名の手が触れた。
「から、だ、拭いてたら・・・先輩が・・・」
「瀬名。言わんでええから」
「抵抗、したら、殴られて・・・」
「え、どこ殴られた?」
ここ、と震える手で瀬名が押さえた場所を見てゾッとした。暗かったせいか急所ははずれてるとは言え、ここって肝臓ちゃう?ボクシングの試合で見たことある。強く殴られたら動けなくなるところやん。抵抗させなくして、瀬名を、犯そうとした?
想像したくもない。俺は「大丈夫」と言ってまた瀬名を抱きしめる腕に力を込めた。
「瀬名、このまま、帰るか?」
「・・・え?」
「俺、一緒に帰る。山道歩くことになるけど、下まで降りたらなんとかなるんちゃうかな」
あと数時間したら、この部屋に城山先輩、もう〝先輩〟と呼ぶのも吐き気がする。アイツが戻ってくる可能性が高い。他に誰かが一緒だろうと、関係ない。
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