Apoptosis

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大学の構内の自動販売機で買ったアイスティーを持って部室に入ると、テーブルに突っ伏してユキ、雪平大和(ゆきひらやまと)が寝ていた。手には読みかけの漫画本。聞こえてくる寝息から察するに、本気の爆睡だと思う。 音を立てないように対角線上のドアの近くの席の椅子を引いて腰をおろし、ポケットからスマホを取り出してアイスティーを一口口にした。 なんとなくネットニュース一覧を流し見していると、部室のドアがガチャッと開き、同じサークルの西野が入ってきた。 「唯樹、お疲れ」 黙って片手を上げると、寝ているユキに気づき「あっと・・・」という顔で口を手で押さえた。 「熟睡?」 小声の問いに頷く。 「俺も、飲み物何か買ってくる」 また小声で言って、西野がそっとドアを閉めて行った。わずかに聞こえたドアの閉まる音に「んー」と声を出してユキが顔だけこちらに向き直した。寝顔でも、こっちを向かれては困る。 瀬名唯樹(せないつき)。大学3年。ここは「サークルに入りそびれた人のためのサークル」で通称映画研究会。映画に失礼やと思うが、うちの大学はサークルに力を入れていて、入学早々各サークルからの勧誘が積極的過ぎた。映研は「もう入るところ決めたんで」と断りやすいように作られた集まりである。もしくは、押し切られて別のサークルに入ってはみたものの、その活動について行けなかった奴らが暇つぶしに入って、履歴書の自己PR(なるかどうかは不明だが)欄に書けるためのネタの場だ。ちなみに俺は前者の方。 参加は自由なので、もう暇人のたまり場と化しているし、絶対に正式な部員ではない生徒も出入りしていると思う。部室は何かの映画を流すルールになっているが、今日は一番乗りのユキが居眠りしているので、おそらく起きるまでは何も流すことはないだろう。こんな日も珍しくない。 そう言えば最近、映画館で映画を観てないな、と思った。高校の時の年配の担任が「映画は映画館で観るもんだ。テレビやレンタルで済まそうなんてちゃんちゃらおかしい」と言っていたのを思い出す。時代錯誤な気もしたが、実際に映画を映画館で観ると、担任の言葉もあながち間違ってはいないな、と思う。 今度、どんな映画やるんやろ・・・と、映画館のアプリを立ち上げた瞬間、ガタン、と大きな音と共にユキの身体が飛び跳ねた。 「ぉお!?」 思わず声を上げ、ユキの方を見た。 「・・・おぉ」 俺の顔を見て眠そうな目を擦るユキ。 「・・・階段から落ちる夢見たわ」 「やろうな」 立ち上がって伸びをして、こっちのドアの方に向かって歩いてきた。 「それ、何?」 「アイスティー」 「砂糖入ってる?」 「いや」 「ふうん」 後ろを通るついでのように俺のアイスティーに手が伸びてきて、ゴクリと喉を鳴らす音がした。 「俺もなんか、飲むもん買ってくるわ」 勝手に飲むな、と思いながら視線だけでユキの背中を見送った。 西野が戻ってくるのを待とうかとも思ったが、今日は、というか今日もきっとサークル活動はしないと思う。たまには早く帰って溜まってた洗濯物でも洗うか、と思い席を立つと、大学「5」年生の城山先輩が入ってきた。 「あれ、1人?」 「たぶん、もうすぐ西野とユキが戻ってくると思います」 「ユキ?」 「雪平です」 「なんだ、男ばっかか。もっと女子とか女子とかいないの?」 「女子は、いないっすねえ・・・」 「瀬名、帰る系?」 「はい。今度流す映画のネタ、仕入れてきます」 「うん、よろー」 「お疲れさまでした」 部室を出て廊下を歩いていると、缶コーヒーを持ったユキが前から歩いてきた。
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