若様

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若様まで、つうがお気に召したのか? まさか、つうを若様の嫁に? 旦那様は、そうお考えなのか? 若奥様の不満は膨らむばかりだった。 思い切って若奥様は、旦那様に申し上げた。 「旦那様、少しお話したい事がございます。よろしいでしょうか?」 「なにかな?」 「若旦那様を差し置いて、私が申し上げる事ではないのかもしれませぬが、 若様の縁談のことお考えいただくわけには参りませんか? 若様ももう12歳でございます。 早い物は、嫁をもらう歳でございます。 私の母方の遠縁に、10歳なのですが、 とても良い娘がおります。 若様と見合いをさせては、いかがでしょうか?」 「そうだのう…、 確かに結婚は先としても、 もう許婚はいてもいい歳ではある。 だが、もう少し待ってはくれぬか。 母親としては、早く身を固めて欲しいという気持ちは、わかる。 大切なひとり息子であるからな。」 「もしや、旦那様が迷っておられるのは、 つうを嫁に、とお考えだからですか?」 「それは、難しかろう。」 「いくらお嬢様に似ているからと、 何処の馬の骨とも知れぬ下賤の者を 若様の嫁になど…」 「一枝、以前にも申し聞かせたはずだが、 “下賤の者”などと、人を見下すようなことは、止めよ。 世の中に、身分というものは、確かにある。身分からいえば、我が家は百姓だ。 ただ、大地主で土を耕してはいないが、 それは、庄屋という大事なお役目があるからだ。 この藩はお殿様が治めておられる。 だが、全ての村を、小さな集落まで、 お殿様ひとりで目を配ることは出来ない。 だから、その村の民の生活が成り立つよう面倒を見る者として、私たちに任せて下さっているのだ。 お殿様から、大切な民をお預かりしているのだ。民を大切にしない領主は、いずれ滅ぶ。民は国の宝だからだ。 庄屋というのは、旦那様、奥様と奉られていい気になっているようでは、 お殿様に不忠となる。 民の求めていることを知り、困っていれば相談に乗る。 庄屋は民の父であり、奥は民の母なのだ。 自分は、偉い、身分が高いと自惚れるようなら、かつて娘のお鶴の許婚であった、庄屋の次男のようになるであろう。」 「庄屋の次男とは、どなたで?」 「亡くなったお鶴の許婚だった。 外に女を作って、子どももふたりも居ながら、女を囲ったまま婿に入るつもりだったのだ。 甘やかされて育ち、 自分は特別だと勘違いしていたのだろう。」 「その方はどうされたのですか?」 「もちろん、破談にした。 そんな男に庄屋は任せられんからな。 それで、養子を取り、一枝を嫁にしたのだ。 そなたも、若奥様と呼ばれていい気になって、人を見下すことが治らないようなら、若の母であっても離縁しなければならないぞ。」 「申し訳ございません。 もう、決してその様なことはいたしませんので、お許しください。」 「私が、なぜ与ひょうと親しくするか分かるか。ただ、お鶴の守り役だったからではない。 あの者は、集落の者が困っていれば、 頼まれずとも助け、金を与え、 自分の食べ物さえ分け与えて、 集落の者はみな与ひょうを頼りにしているのだ。 そんな与ひょうに育てられたつうだからこそ、ほんとうは、あのような者こそ 庄屋やその嫁になるべきと思っている。 血筋も大事だが、“氏より育ち”と言うではないか。だから、つうを若の側に置きたいのだ。分かったか。」 「はい、考えが浅く、申し訳ございませんでした。失礼いたします。」 口では、そう言い繕ったものの、 若奥様は、心から納得したわけではなかった。 どうしても、身分や家柄の良さにこだわることから抜け出せなかった。 自分の実家の血筋の娘を、若の嫁に迎えれば、この家での自分の立場も確かになる。 この考えを捨てることが出来なかった。 だから、あの娘が目障りなのだ。 やることが、文句の付けようがないから、 かえってイラつくのだ。 氏も育ちもないクセに。 そんな、娘に負けていることを認めることが出来ないのだった。
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