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その前の話
与ひょうは、山に住む正直で真面目な男。
身体が弱く、療養のため里山の農家に預けられている、庄屋の娘お鶴の守り役として世話をしていた。
与ひょうは、庄屋のお嬢様であるお鶴を慕うなど、身の程知らずと分かっていたが、密かに慕っていた。
お鶴も誠実に尽くしてくれる与ひょうに想いを寄せていた。
しかし、お鶴は庄屋の一人娘。
婿を迎えて家を継がなければならない。
身分違いの恋は、実らないまま
お鶴は亡くなる。
与ひょうへの想いを断ち切れないお鶴の魂は、冥途へ行けずに彷徨っていた。
それを憐れんだ山の神によって、
お鶴は鶴に生まれ変わり、
与ひょうの側へと戻ってきた。
しかし、仲間の鶴は、羽根を休めた後、
冬越えのためさらに南へと旅立ってゆく。
お鶴は与ひょうの側を離れがたく、
ついに一羽だけになってしまった。
最後に別れを言うために、
一晩だけ人間の姿にしてくださいと
お鶴は、山の神に頼んだ。
すると、山の神は、自分で罠にかかりなさいと。それで、与ひょうが助けたら、
一年だけ人の姿で居られるようにしてやろうと。
与ひょうが助けず、お前を食べたり、
その羽根を抜いて売るかもしれない。
それでもよければ、罠にかかるが良いと。
どうせ、一羽になった鶴の私は、
遅かれ早かれ死ぬ身。
どうせ死ぬのなら、食べられても、
殺されて羽根を抜かれても、
それでも良いと自ら罠にかかりに行った。
鶴が罠にかかっているのを見た与ひょうは、鶴を助け懸命に介抱する。
翌朝、鶴は家からいなくなっていた。
目が覚めた時、鶴から人の姿になっていたお鶴は、与ひょうが目覚める前に急いで外へ出て、隣の家まで行こうとして力尽き、雪の上に倒れて気を失った。
お鶴が次に目覚めた時、与ひょうはお鶴を抱いて自らの体温で温めていた。
人の姿になったお鶴は、つうと名乗り、
与ひょうに、女房にして恩返しをさせてくれと頼み、与ひょうの嫁になった。
幸せな時は、あっという間に過ぎ、
鶴に戻る時が近づいていた。
つうは、最後の力を振り絞り、
わが身を削って機織りをした。
鶴の姿で機を織る姿を見られてしまった
つうは、与ひょうに別れを告げ、
鶴となって飛び立とうとする。
だが、その力は既になく、
風に煽られて地に落ちてしまった。
傷ついたつうを抱き抱えて家に戻り、
藁の上に横たえさせる。
つうは、与ひょうの胸に抱かれて息絶えたのだった。
翌日、雪が止んだ。
与ひょうは、土を掘って穴を開け
つうの墓を作った。
冷たい土に埋めるのは忍びなく、
せめて藁を厚く敷いて、
上にも布団のように藁をかけてやり、
その上に土を被せた。
家の中は、つうがいた時のままにしていた。機織り機も仕舞わずそのままにした。
「つう!」と呼べば
「はい、旦那様」と
返事が返ってきそうだった。
やがて雪が溶け、春になった。
与ひょうは、毎日朝晩つうの墓に手を合わせその日の話をした。
そして、また、桔梗の花の季節が来た。
与ひょうは、花を摘みつうの墓に供えた。
つうも桔梗は好きだろう?
今年も綺麗に咲いた。
明日は、お屋敷に桔梗の花を持って、
お嬢様の墓に供えてくる。
今宵は、月が綺麗だ。
つうにも見えるか?
今日は、つうの夢が見られそうな気がする。
お休み、つう。
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