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見合い
若旦那様が旦那様にお話して下さった事で気持ちが変わられたのか、
やっと旦那様の許しが出て、
若様がお見合をすることになった。
若様は、見合いを渋っていたが、
旦那様が決めたことに逆らうことは出来なかった。
三日後に、若奥様の遠縁に当たる娘が屋敷に来て見合いをし、家風に合うか見るために、行儀見習いとして見合いの後、三日間屋敷に逗留する事になった。
若奥様は、大慌てで張り切って
迎えの準備をした。
見合いの当日、若奥様の母が、
娘とその両親を連れてきた。
「遠路はるばるお越しいただき、
ありがとうございます。
当家の主でございます。」
「この度は、こちらの若様とご縁があり、
見合いの運びとなり、まかり越しました。
この見合いが両家にとって良縁になればと思っております。
私と妻は、本日失礼いたしますが、
娘は、御当家の家風に合うか見ていただくために、三日ほど逗留させていただきますので、よろしくお頼み申し上げます。」
「若と両親が別室でお待ちしています。今、案内の者が参りましたので。
お客様を、向こうの部屋にご案内しなさい。」
「ご案内いたします。
こちらで、ございます。
お客様をご案内いたしました。」
「お待ち申し揚げておりました。
どうぞ、お座りください。
こちらが、当家の嫡男一彦でございます。
私は、当家に養子に入った者ですが、近いうちに、旦那様の後を継ぐことになっております。
それもありまして、本日の見合いを進めることになりました。」
「妻の一枝と申します。
遠縁ではございますが、初めてお目にかかります。
遠路はるばるお越しいただき、
ありがとうございます。
お客様にお茶を差し上げてください。」
「畏まりました。」
「こちらは、我が家の娘さくらでございます。」
「お嬢様は、どんなお稽古事を?」
「お茶、お花はもちろん一通りさせております。あと、日本舞踊を好みまして、稽古に通っております。」
「左様でございますか。私も家に居りましたときは、琴が好きで、よく弾きました。
嫁入り道具に持って参りませんでしたので、しばらく弾いておりませんが。」
「せっかくお稽古されたのに、
お持ちにならなかったのですか?」
「こちらの旦那様は、質素倹約を旨とされていて、琴をご披露するような宴会などはいたしませんので。」
「それは、もったいないことで。
私共では、大庄屋ですから、庄屋の皆さんが集まることが年に何度かございます。
その時、娘の踊りを披露させていただくこともございます。」
「若、さくらさんに庭をご案内して差し上げなさい。」
「はい、分かりました。
こちらから、どうぞ。
足元にお気を付け下さい。」
庭を歩きながらさくらが言った。
「同じ庄屋でも、こちらのお屋敷は
こじんまりしているんですね。」
「さくらさんのお屋敷は大きいのですね。」
「そうですね。
大庄屋なので、そうかもしれません。
他のお屋敷に伺ったことがないので、
良くは存じませんが。」
「日本舞踊がお好きなんですね。
私は、芸事はよく分かりませんが、
どんな踊りが一番お好きなんですか?」
「さぁ…、父が習っておけと仰るので
お稽古しておりますが、
それほど好きというわけでは、ありません。」
「では、ほんとうはお茶やお花の方がお好きなんですか?」
「お稽古事は、行儀作法として必要ですからしておりますが、
どれもそれほど好きというわけではありません。」
「では、さくらさんの楽しみはどんなことですか?
書をお読みになるとか?」
「秘密でございます。
女のすることではないと、叱られますので。
でも、父上に黙っていて下さるならお教えしますわ。
若様は何がお好きなんですか?」
「約束を守れないと困りますから、
秘密は、お聞きしないことにします。
私は、近頃は学問が楽しいです。
以前は、嫌いでしたが、新しいことを学ぶのが楽しくなってきました。」
「どうして楽しくなったのか、
伺ってもよろしいですか?」
「それは、私も秘密です。
そろそろ中に入りましょうか。」
「ご両親様は、もうお帰りですか?」
「日のあるうちに戻りたいので、
今日は、これで失礼いたします。
迎えのものを寄こしますので、
それまでさくらを、よろしくお頼み申します。」
「若様、ご両親様をお見送りして下さい。
私は、さくらさんにお泊まりいただく
部屋にご案内しますから。」
「はい、畏まりました。」
「さくらさん、こちらです。
狭い部屋ですが、ゆっくりなさって下さい。
明日は、お茶のお点前を拝見させていただいていいかしら?」
「申し訳ありません。
袱紗を用意して参りませんでした。」
「私のをお貸ししますから、大丈夫ですよ。
長旅でお疲れでしょうから、お休み下さい。
お食事になったら、お声をかけますから。」
「はい、ありがとうございます。」
食事の時、
家でそう躾けられているのか、
慣れずに遠慮しているのか、
聞かれれば答えるくらいで話もせず、
さくらは黙々と食べていた。
ただ、食が細いのか、味が合わないのか、
すぐに箸を置いたが。
「さくらさん、お口に合いませんか。
余り召し上がらないのね。」
「よその家に来て緊張して、
食が進まないだけなのではないか。
それとも腹でもいたむのか?」
「その様なことは、ございません。
ただ、苦手な物があるものですから。」
「身体のために、好き嫌いはなくした方が良いぞ。」
「はい、申し訳ございません。
そのように務めて参ります。」
食事が済むと、やはり旅で疲れたのか、
「もう、休ませていただきます。」
と挨拶し、
さくらは早々に床に就いたようだった。
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