麻疹

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麻疹

「若奥様、失礼いたします。 お具合は、いかがでございますか。」 「あぁ、良いところに来てくれました。 起きようとしたのだけれど、 何だか苦しくて…、熱いし…」 「若奥様、お熱があるのでは?」 女中頭が若奥様の額に手を当てると、 かなりの熱さだった。 「若奥様、直ぐに頭を冷やす物をお待ちします。」 女中頭は部屋をでると 「誰か、薬師を呼んで下さい。 若奥様がお熱を出されています!」 「どうした?」 「若奥様が大変なお熱です。 ただの風邪ではないかも知れませんので、 薬師に診てもらうまでお部屋に入らない方が良いかもしれません。」 「そうか、分かった。」 「薬師の先生がお出でになりました!」 「若奥様のお部屋に案内して。」 「誰か、山の与ひょうの家に行って、 つうが熱を出してないか確かめてくるのだ。 何かうつる病なら、つうにも移ってるやもしれん。」 「先生、若奥様は?」 「これは、麻疹(はしか)かもしれません。 熱が高いですし、発疹も出ています。 子どもの頃麻疹にかかったことがあるかどうか、分かりますか? 一度かかれば、移らないので違う病気を考えないといけないのですが。 あなたは、麻疹にはなりましたか?」 「私は子どもの時やってるので、 大丈夫です。 若奥様のことを今聞いて参ります。」 「若奥様の母上様、若奥様がとても高い熱で。 麻疹にはかかったことがございますか?」 「一枝は、麻疹はやってません。」 「それでは、麻疹かもしれませんので、 お近づきにならないように。」 「旦那様、若旦那様、 若奥様は、麻疹のようでございます。 移ると大変ですので、 皆さん若奥様のお部屋には しばらくお近づきにならないで下さい。」 「女中頭は、大丈夫なのか?」 「私は、子どもの頃麻疹になってますので、大丈夫です。」 「さくらさんは、なんともないのか? 誰か部屋を見て参れ。」 「お嬢様、失礼いたします。 若奥様が熱を出されまして、 お嬢様は、大丈夫でございますか?」 「はい、なんともないです。」 「さくらさん、 一枝が熱が出て麻疹のようだから、 万一移っては大変なので、 今からでも家に帰りましょう。 夜になってしまうけど、仕方がないわ。 駕籠を呼んでありますから、 急いで支度して下さい。」 「叔母様、荷物は後で誰かに取りに来させるので、直ぐに出られます。」 「旦那様、お嬢様に移ると困るので、 もう連れて帰ります。 申し訳ございません。」 「夜になるので、お気を付けて。」 翌朝 与ひょうとつうが駆けつけた。 「旦那様、若奥様が麻疹とお聞きしました。 私もつうも、麻疹をしたことがありますので、うつりません。 お世話させていただきます。」 「つうが移ったのではないかと心配していたのだ。 今、女中頭がひとりで世話している。代わってやってくれ。」 「畏まりました。」 「失礼いたします。 与ひょうとつうでございます。 女中頭さん、お世話を替わりますのでお休みになって下さい。」 「与ひょう、来てくれたのですね。 助かります。 この桶の水を冷たいのに入れ替えて下さい。 後、汗をだいぶかかれたようなので、 身体を温かい手拭いで拭いて差し上げて下さい。寝間着の着替えは、 女中に聞けば出してくれます。」 「はい、分からない時は、他の女中さんに聞きますので、早くお休み下さい。 夜中中お世話をなさっていたのでしょう、 だいぶお疲れのようです。」 「ありがとう。では、後を頼みます。」 「つう、厨へ行って、身体を拭く湯を沸かしてもらうよう頼むのだ。 それと、手拭いと着替えの寝間着を用意してもらいなさい。」 「はい、分かりました。」 「若奥様、与ひょうでございます。 お辛いでしょうが、堪えてくださいませ。 私とつうがお世話いたします。 喉が渇いておりませんか?」 「与ひょうか。ありがとう。 喉が乾いたから水をおくれ。」 「今、お持ちします。 湯を沸かしてもらっておりますから、 後ほど、つうがお身体をお拭きします。 そうすれば、少しさっぱりなさるでしょう。」 「父上様、寝間着と手拭いを持って参りました。」 「若奥様を、見ていなさい。 私は桶の水を冷たいのに入れ替えてくる。 若奥様を頼んだぞ。」 「若奥様、つうでございます。 お辛いところはございませんか?」 「熱のせいか、節々が痛い。」 「少しおさすりしますね。 肌が触って痛むときは仰って下さい。」 つうは、手のひら、手の甲を優しくなで指を一本ずつ軽くもむようにした。 手のひらの真ん中を軽く押し、 親指と人差し指の間も軽くもんだ。 「あぁ、気持ちが良い。」 「腕に触りますね。」 腕を撫で上げるようにそっとさすってゆく。 与ひょうが、桶と飲み水を持って来た。 「つう、頭の手拭いを冷たい水で絞って、 冷やして差し上げなさい。」 「はい。」 温くなった手拭いを、 冷たい水で絞って若奥様の額に乗せた。 「吸い飲みに湯冷ましが入れてある。 むせないように、すこしづつ口に入れて差し上げるのだ。 若奥様、少しだけ身体を起こしてもよろしいですか? お苦しいなら、起きず少し横をお向きください。」 「与ひょう、少し起こして下さい。」 「それでは、失礼いたします。」 与ひょうは、自分の足の上に座布団を置いて、若奥様が寄りかかれるようにしてやった。 「つう、若奥様に湯冷ましを差し上げて。」 「はい。若奥様、湯冷ましでございます。」 ごくんごくんと飲むと、 手を上げて、もう良いと合図した。 「それでは、お身体を戻します。 私は部屋から退出いたしますので、 つうがお身体を清めさせていただきます。 今、湯を持ってくるから、頼むぞ。」 「つう、ここに湯を置いてく。 私は、襖の外に居るから、何かあれば、 呼べば聞こえる。 襖は、つうが開けろ、私は開けぬ。 良いな。 くれぐれも失礼のないようにな。」 「はい、父上様。」 襖を閉めるとつうは手をついて、 「お身体を清めさせていただきます。失礼いたします。」 「お願いします。」 つうは顔から丁寧に拭ってゆく。 首まで拭い終えたら、手拭いを代えた。 「帯紐を解かせていただきます。 左側から清めさせていただきます。」 まず左腕を寝間着から脱がせ、拭ってゆく。 一度絞り上げて左の身体を拭い、 「身体を横向きにいたします。」 と言って、背中を拭った。 素早く、新しい寝間着を置いて、 左腕を通して、上向きに直した。 同じように右側を拭い終えて 一旦寝間着を着せ、 手拭いを代えて足を拭った。 最後に、また手拭いを代え、 失礼いたしますと言って下の部分を拭った。 寝間着を整え、 「若奥様、ふき残しや気持ちの悪いところはございませんか?」と聞いた。 「ありがとう。 とてもさっぱりして、気持ち良くなりました。」 「父上様、お着替えが終わりましたのでお湯の始末をお願いいたします。」 そう言って襖を開けた。 「失礼いたします。」 与ひょうは、湯の入った桶を運び出し 「父上様、私が襖を閉めます。」 と閉めて、 「若奥様、よろしければ足を揉ませていただきます。 痛ければ仰って下さい。 失礼いたします。」 足の指から丁寧に揉んでいった。 「あぁ、そこは、痛気持ちいいです。」 「少し胃が弱っておいでのようです。気疲れではございませんか?」 「そうですね。 色々気の張ることがあったので。」 「いたた…、そこは、かなり痛いです。」 「腹の女子の臓器が弱っておいでのようです。少し我慢なさって下さいませ。揉み解しますので。 夏でも冷たい水などはなるべくお控えになり、湯たんぽのようなもので、 へその下の腹を温めるようにすると、 弱った臓器が元気になるそうでございます。」 左足を丁寧に太ももまでもみ上げて、 右足も同様に揉んでいった。 「お疲れ様でした。 身体を起こしてもよろしいですか。 足を揉んだ後は白湯を飲んだ方が、 身体に溜まった汚れを出しやすくなるので。」 「ゆっくり起こしてもらえますか?」 「はい。 父上様、ぬるめの白湯をお願いいたします。 大丈夫でございますか? 目眩はいたしませんか?」 「大丈夫です。」 「つう、白湯をお持ちした。」 つうは襖を開け、 「ありがとうございます。」と、 一旦襖を閉めた。 「どうぞ、お飲み下さい。」 こくこくと白湯を飲み干した。 「横にならせて下さい。ありがとう。 お陰で随分身体が楽になりました。 少し眠ります。」 と目を瞑った。 「お休み下さいませ。」 吸い飲み、湯呑み、桶を盆に載せ 静かに襖を開けて 「父上様、若奥様はお眠りになりました。 こちらを下げて、新しい水をお願いします。」 つうは襖を閉め、若奥様の様子を見た。 息苦しさも治まったようだ。 「つう、新しい水を持って来た。」 襖を開け「ありがとうございます。」 「お前も疲れたであろう。 失礼してそこで横になりなさい。 私が若奥様を見ている。」 「はい、父上様。 休ませていただきます。」 若奥様の足元に座布団を並べて横になると、疲れていたのか、すぐにすーすーと寝息を立て始めた。 少し経って、誰かがやって来た。 「与ひょうさん、 お握りと茶をここに置いておくから 食べて下さい。」 「ありがとうございます。 若奥様が重湯くらいなら召し上がれるかもしれません。 用意しておいていただけますか?」  「後は、何かありますか?」 「今、若奥様は少しお楽になったようで、 眠っておられます。 いまのところは、何もありません。」 「では、よろしくお頼みします。」 立ち去る足音が消えてから襖を開け 握り飯と茶の乗った盆を部屋に入れた。 つうが起きてから共に食べようかとも思ったが、若奥様が目覚めたらすぐ動けるように、 今のうちに食べてしまうことにした。 何度か手拭いを絞り直して額に乗せる。 熱も少しずつ落ちついてきたようだ。 またしばらくして、誰かがやって来た。 「女中頭です。開けてもよろしいか?」 「若奥様は眠っておられますので、 お静かにお願いします。」 「ご様子はどうじゃ?」 「熱も落ちつかれ、お楽に成ってきたようです。」 「なぜ、そこでつうを寝かせているのだ。 部屋で寝かせれば良いのに。」 「いくらご病気とはいえ、部屋に若奥様とふたりきりになるわけには参りません。 私が見ておりますので、女中頭さんは、もう少しお休みになって下さい。」 「そうか…。 では、若旦那にお話ししてから、 もう少し休ませてもらう。 夕方には替わるから。」 そう言って立ち去った。 女中頭は、若旦那の所に行くと 「一枝の様子はどうだ?」 「熱も落ちつかれ、随分楽になられたようで、お眠りになっています。 夜には重湯くらいなら召し上がれるかもしれません。」 「そうか、良かった。 また後で、薬師の先生も来て下さる。 今は、与ひょうが付いてくれているのか?」 「はい、律儀な男でございますな、 与ひょうは。」 「若奥様の部屋に入りましたら、 若奥様の足元に座布団を並べて つうが寝ておりましたので、 『部屋で寝かせれば良いのに』 というと、 『いくらご病気とはいえ、若奥様と部屋でふたりきりになるわけには参りませんので』と申しまして。」 「あの者は、そういう真面目な男だ。」
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