昔の事

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昔の事

与ひょうと娘のお鶴は、互いに慕い合う仲だった。 だが、与ひょうは邪心も欲もない真面目な男だ。お鶴が読み書きを教えると言っても、分不相応ですと断るような人間だ。 お鶴も、庄屋を継ぐという役目を自覚して、私の決めた婿を黙って迎える覚悟をしていた。 ただ、一通の手紙をお鶴は与ひょうに渡したらしい。別れの手紙だったのだろう。 それを読んで欲しくて、読み書きを教えたのだ。 私が選んだ婿には、囲い女がいた。 子どももふたりいて、その女を囲ったまま婿に入るつもりだったのだ。 お鶴は、その事を知りながら、黙って迎える覚悟をしていた。 だが、婚姻の前にその事が分かり、 私は自分の目でも確かめ談判して、 破談にした。 だが、もう遅かった。 お鶴は、与ひょうと山の暮らし恋しさに 病を得てしまった。 村では息ができないと言いながら、 お鶴は亡くなった。 与ひょうは、夜道を駆けてきたが、 間に合わなかった。 初めから養子を取り、 お鶴は与ひょうと娶せておけば、 つうのような可愛い子が生まれていたであろうに。 与ひょうは、行き倒れになっていた娘を助け、妻とした。それが、つうだ。 しかし、つうも一年で亡くなり、 その後つうの墓の横に捨てられていたのが、今のつうなのだ。 与ひょうは、亡くなった妻のつうも 娘のつうも、お鶴の生まれ変わりと信じている。 私もそう思う。 容姿が似ているだけではない。 あの優しさ、邪心のなさ何もかも、 お鶴そっくりなのだ。 一枝ともよくご相談し、嫁にしても良いと思うのなら、若とつうを許婚とし、 それならば、若を山に行かせても良い。 若にそこまでの覚悟がないのなら、 諦めさせなさい。
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