おつう

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与ひょうは、せっせと働き、 作った物や採った物を村に売りに行き、 稼いだ金でつうに必要な物を揃えていった。 そして、帰りには庄屋様のお屋敷に寄り “つう”に会いに行った。 つうは動けるようになると、 与ひょうを見ると喜んで、 はったり伝い歩きして自分から抱かれに行くのだった。 「毎日一緒にいなくても、父親だって分かるんだねぇ、賢い子だこと。」 そして、抱き上げると「とーとー」と 与ひょうを呼ぶのだった。 会いに行くたびに、帰りは後ろ髪を引かれる思いがした。 離れがたく、一日も早く引き取りたかった。 確かに、幼子を育てながらの暮らしは大変だろう。女房が居ないのだから。 つうが残してくれたあの反物を売れば高く売れて、しばらくは働かずに子どもの世話だけをして暮らせるのかもしれなかった。 そう考えたこともあったが、 あの反物は、“つう”の嫁入りに持たせたかった。 “母”の形見として。 与ひょうと“つう”は、血は繋がっていなかったが、 与ひょうは父で、つうは母で、 “つう”は生まれるはずだったふたりの子だと思っていた。 乳がなくても、薄めた重湯でももう大丈夫だろうと、 おそらく一歳くらいになった頃、 与ひょうは“つう”を引き取り山の家に連れて帰った。 間もなく冬になる頃であり、 家に居ることが増える時の方が 目が届いて良いと思った。 「つう、ここがお前の家だよ。 まず、おかあのお墓に手を合わせるんだ。 つうが、帰ってきたよ。 やっと、一緒に暮らせる。」 “つう”も与ひょうの真似をして、 小さな手を合わせた。 「おかあと同じ名前だから、 今日から“つう”のことは、おつうと呼ぶ。 つうと言ったらそれは、おかあのことだ。分かったかい?」 「うん。」「おつうは、良い子だ。」 かまどや囲炉裏など、火の周りには、 竹で編んだおおいをして、火傷をしないようにしていた。 それでも、 「おつう、火は飯を炊いたり、家を温めたりする大事なものだ。 だから、大事に扱わないと大変なことになる。 火が近くにあるところで遊んだりふざけてはダメだ。おつうが痛い思いをしたら、 おとうもつらい。 このことはとても大切なことだから、 よく覚えておくんだ。いいね。」 「うん。」 「晩飯の支度をするからこっちへおいで。 おんぶしておいた方が安心だ。」 と、おぶい紐でおつうをおんぶして晩飯の支度をした。 おつうも物珍しいのか、大人しく 与ひょうの肩越しに、漬物を刻んだり、 味噌汁を作るのを眺めていた。 おつうの重湯も温めて、晩飯の準備が出来た。 おつうを竹で編んだ腰掛けに座らせて、 先に重湯を飲ませることにした。 さじですくって、ふーふーと冷ましてやり、“あーん”というと口を開けた。 そこへゆっくり重湯を流し込んでやる。 上手にごくんと飲んだが、 (あーんするより、すすった方が飲みやすいか?) と考え、今度は、さじにすくった重湯を 与ひょうがすすって見せた。 「今度は、ずずっとすすってごらん。」 と言って、唇を少し尖らせると、 おつうも真似して口を尖らせて ずずっとすすった。 「上手にすすれたね。重湯のうちはすすった方が飲みやすそうだ。粥になったら、もぐもぐすることを教えれば良いな。」 自分が一口食べては、おつうに重湯をすすらせ、幼子のいる食事は時間がかかったが、楽しかった。 お腹がいっぱいになったのか、 竹の腰掛けの中で、おつうはうとうとし始めた。 起こさないように静かに抱き上げ、 寝床に寝かせてやった。 おつうの安らかな寝顔を見ながら、 満ち足りた気持ちで質素な夕餉を食べた。 洗い物をして、囲炉裏の火を確かめ、 おつうのおむつを替えてやって、 与ひょうは寝床に入った。 小さな温もりのある寝床に入って、 つうを思い出しながら眠りに就いた。
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