仮初めの宿

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……キィ、… サク……ク、 ククッ、…… 肩まで長い艶やかな黒髪を、女が櫛で梳く。 乱れた蔦柄の赤黒い着物。白磁器の様に透き通った柔肌。背を向け、三面鏡の前で足を崩して座っている。 ルポライターである俺は、呪いの村を求め、とある山村に出向いた。だが収穫は無く、下山する道すがら、この寂れた小さな集落を見掛けて立ち寄ったのだ。 火が付かず、諦めて煙草を箱に仕舞う。畳は酷く湿気り、部屋全体の空気が重々しい。 取材も兼ねて、ただ一泊したかっただけだ──そう言い訳染みた呟きを心の中でしながら、ごろんと畳に寝そべる。情事の後の気怠さが襲い、ぼんやりと寂れた天井を眺めた。 「……仮初め、か」 『お代は結構で御座います。 その代わり……この女子(おなご)と、仮初めの夫婦としてお過ごし下さいませ』 深々と頭を下げる宿主。その老婆の後ろに隠れる様にして立つのは、15、6ほどの年頃の娘だろうか。 よく見れば、初恋の女に似ていた。 女は口を利かなかった。 ただ俺の傍に座り、お酌をする。 膳にのった山菜料理。蓴菜の様にぬるりとしたそれを、何度も箸で摘まむ。その内、何故だか妙な気分になった。 絡み付く女のしなやかな体。腰つき。胸元から香る、甘っとろい匂い…… ──瞬間、理性が焼き切れる。 女を組み敷き、着物を剥ぎ取り、本能の赴くままに陵辱の限りを尽くす。 「……」 仮初めとはいえ、夫婦だ──そう言い訳染みる。 しかし、女のナカは最高だった。 ……例えるなら、そうだ。この部屋の様にトロトロと蕩けて…… 「──!!」 ハッとして、飛び起きようとする。が、ねっとりとした粘着液に飲み込まれ、動けない。 ……ギ、…ギギ……ギィィ、、…… 櫛を梳く手を止め、女がゆっくりと振り返る。 その顔は蝋の如くドロドロと溶け、飛び出た目玉がぶらんと垂れ落ちる。 その空洞から伸びる、赤い蔓── 「次ハ…ワタシ、ガ…オマエ、を…喰ゥ…番ダ……」 それは、迷い虫を捕らえて喰らう──靫葛(ウツボカズラ)
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