百代の過客~ひゃくたいのかきゃく~

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「旅の方。お前さまの行く道の先に住むものはおりませぬ。わしの村で休みなされ」 小さな脇道に立つ──穏やかな顔で笑う好好爺に、編み笠を深く被り、杖をつく壮年の男が深々とお辞儀をして断った。 「お気持ちだけ、ありがたく受けとりましょう。旅の野宿もまた、一興。では、先を急ぐので」 男は早足で、老人の横を通りすぎる。男と共に居た、連れ合いの男が不満そうに口を開いた。 「師匠。芭蕉殿。せっかくの誘いをなぜ断る のです?」 「曾良(そら)──」 芭蕉──松尾芭蕉が、弟子の河合曾良に向かって静かに微笑んだ。 「(ぬし)も忍びのはしくれ、わしの弟子ならば、その編み笠の間から、もう一度あの老人を見てみるがよい。篭目の術が真実を暴こうぞ」 芭蕉に言われ、曾良が編み笠を深く被り直し、編みの隙間から老人を見る。 そこには、真っ赤な両の瞳から、だらだらと血を流し、ゲタゲタと笑う老人の姿があった。 あまりにおぞましいその姿に、絶句している曾良に、芭蕉が話し始めた。 「……あれはな。時の幕府に罪なき罪を問われ、女子供も含め、全てを殺された村の(おさ)の哀れな残滓だ」 「残滓……」 「無実の罪で、村は滅び、今では村の名すら残っておらぬ。その怨みを呪いに変えて、ああやって旅人を誘っては、村に入った旅人に呪いをかけて、死んでも村から出られぬようにする。村に入れば、死ぬより辛い地獄が待っている」 芭蕉が悲しげにため息を吐いた。 「曾良よ。我等、徳川の忍びが旅するのは、幕府を守らんがため。世の安寧のため。不穏の種を見つけ、それを根絶やすため。だが……時にむなしくもなる。果たして、我等が勤めは世の安寧のためになっているのかと。あのような、罪なき罪を問われ、果てに呪いとなった残滓を見ると特にな」 つわものどもがゆめのあと──。芭蕉が祈るように呟いたその声が、木々の中に吸い込まれていった──。
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