1話 とある少女のSOS

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1話 とある少女のSOS

文化庁文部科学省宗務課(ぶんかちょうぶんぶかがくしょうしゅうむか)に一般には知られていない『特別異形管理室(とくべついぎょうかんりしつ)』という部署が存在する。 そこでは主に一般的には扱われていない、(あやかし)や霊などの怪異(かいい)、またはUMA(ユーマ)など存在しないとされている奇妙な案件を取り締まる部署であった。 その部署唯一の国家公務員、天音満瑠(あまねみつる)は、今日もいつものように近辺の神社仏閣を巡回していた。 彼女が平賀天満宮(ひらがてんまんぐう)の正面の道を通りかかった時、宮司(ぐうじ)早河(はやかわ)に呼び止められた。 彼は白いTシャツとグレーのスエット姿に草履(ぞうり)を履き、手には竹箒を持っていた。 おそらく朝の清掃に取り掛かろうとしていたところなのだろう。 スキンヘッドの頭を撫で、眼鏡の向こうの表情を困惑させている。 満瑠はそんな彼を見て、何か問題が起きたのだろうということにすぐ気がついた。 その彼の隣には向かいの蕎麦屋の店主、井手(いで)も腕を組みながら立っている。 「満瑠ちゃん、いいところに来たよぉ」 早河は満瑠を見るなり手招きをする。 満瑠は目にある小上(こあ)がりの石階(いしかい)を上がり、金属製の鳥居の前にいる2人の前に立った。 「何かあったんですか?」 「あったじゃないよ、コレ」 早河は満瑠と井手を連れて、平賀稲荷の社の前にある赤い鳥居の下の短草地帯(たんそうちたい)の一角を指さした。 そこには黒く焼き焦げた跡が残っていた。 「なんだこりゃ?」 井手はしゃがみ込んで、焦げ跡をまじまじと覗く。 満瑠も同じようにして、焦げ跡を見つめていた。 「朝早く来たら、焦げてたんだよぉ。俺がすぐに見つけなきゃ、小火騒(ぼやさわ)ぎになっちまってた」 早河は眉間にしわを寄せて話した。 どうやら、早河が早朝に境内の掃除に来た際、短草から煙が上がっているのを見つけ、慌てて手水舎(ちょうずや)の水をかけて火を消したらしい。 故に焦げ跡の短草と地面の土は他よりも湿っていた。 そして、その横の飛び石の上には焼けた煙草の吸殻が落ちている。 「もしかして、この焦げ跡の上にこれが落ちていたんですか?」 満瑠は吸殻に指をさして早河に聞いた。 早河は大きく頷く。 「そうなんだよ。誰なんだい、こんな場所に吸殻を落とした奴は!?」 早河は大層ご立腹のようだった。 実のところ、満瑠には常人にはない能力を持っている。 一般的に言えば異能の一種なのかもしれないが、それを理由に文化庁の文化経済・国際課から宗務課へ異動となったのだ。 東京に存在する宗務課は規模が非常に小さい。 いずれは、京都にある文化庁の宗務課に統合される予定だが、東京の中央庁にも多くの案件を抱えており、出張所のような場所が必要だった。 なので、基本的な人員は極少数、大まかな内容は本部である京都の文化庁で管理し、ここではその管理しきれない細かい仕事を担っている。 その中でもこの『特別異形管理室』は異例中の異例部署で、正規職員は満瑠のみとなっているのだ。 そして、その満瑠の能力とは、御霊(みたま)を見ることが出来ることだった。 『御霊』とは一般的に霊魂とされているが、満瑠の見えるそれはもっと広い範囲を示していた。 つまり、八百万(やおよろず)の神々、付喪神(つくもがみ)、ありとあらゆる魂を持った存在が見られるのだ。 一種それは神であり、単純に人の死んだ後の魂という存在には当たらない。 例え、そうであったとしても、満瑠には等しく同じ御霊として存在する。 そして、その御霊は時として何かを案ずるように満瑠に意思を伝える。 言葉ではなく、光で伝えるのだ。 つまり、今の満瑠には煙草の周りに多数の御霊が見えていた。 それは、強い光を放つ火産霊(ほむすび)と呼ばれる火の神だ。 神社などでは軻遇突智(かぐつち)として祀られ、火神として名高い。 そんな御霊が火の消えた煙草に多数群がっているのだから、小火が起きていたのは確かなのだろう。 これ以上多く火産霊が集まって来ていたら、火事になっていてもおかしくなかった。 そんな時、焦げ跡を眺める3人の後ろから1人の男が現れた。 それは天満宮から30メートル先にある『居酒屋ひらまつ』の店主だった。 昨日も散々飲み明かしたらしく、二日酔いなのか足元が覚束ない。 顔色も悪く、頭痛がするのか頭を押さえていた。 「あたたた。早河さんも井手さんも早いねぇ。満瑠ちゃんまで。何かあったのかい?」 『居酒屋ひらまつ』の店主、平松七之助(ひらまつひちのすけ)が3人に話しかけた。 「そうなんだよ。うちで小火騒ぎが起きてね、今、満瑠ちゃんに相談してたところなんだ!」 早河は平松の方へ振り向き答えた。 横にいた井手は、二日酔いの平松を心配して声をかける。 「あんたまた、今朝方まで飲んでたのかい。居酒屋だからって、あんま飲み過ぎたら身体に悪いって言ってるだろぉ」 へへへと誤魔化すように平松は笑った。 そして、その覚束ない足で、石階を上り3人に近付いてきた。 すると、意外なものが満瑠の目に留まり、つい指を差し、大声を上げてしまった。 「平松さん、それっ!」 他の2人には満瑠の意図が伝わらず、首をかしげる。 満瑠には見えていたのだ。 平松の肩の上に、あの火産霊の御霊が乗っているのを。 しかも、その横には酒解神(さけとけのかみ)の御霊まで乗っている。 平松自身、居酒屋を経営しているのだから、調理に携わる火産霊や酒解神がついていることに何もおかしなことはない。 しかし、今朝方まで酒を飲んで、料理をしていなかった平松の肩の上の火産霊が、煙草の吸殻の御霊同様に強く光っているのはおかしい。 ということは、さっきまで平松は料理以外に火を扱ったことになる。 満瑠は考えていた。 酒解神と火産霊。 そして煙草の吸殻。 二日酔い。 満瑠はふうとため息をついた。 「おそらく、この小火は平松さんの仕業ですね」 満瑠は3人に向かって言った。 3人ともその答えを聞いて、驚いている。 「おいおい、ちょっと待ってくれよ。俺は神社に火をつけた覚えはないぜ」 平松は懸命に弁解する。 しかし、そうではないのだと満瑠は首を振った。 「平松さんは昨日の仕事を終えた後、今朝方までお酒を飲んでいましたよね。飲み過ぎたせいで頭痛まで起こしている。つまり、記憶が抜け落ちるほど飲んでいたんです。それに、平松さんはお酒を飲むと煙草が吸いたくなる」 満瑠はそう言って、平松の胸ポケットに入っている煙草の箱を指さした。 思い出したように3人はそれに注目した。 「たしかに。しちさんは酔うとよく煙草を吸ってたなぁ」 井手も平松の飲む姿を思い出しながら答えた。 「ならなんだい。しちさんが飲んで、煙草を吸って、稲荷さんの前にポイ捨てしたっていうのかい?」 今度は早河が尋ねる。 満瑠はこくりと頷いた。 「そうです。昨日は散々飲んで気分が良かったんじゃないですか? ここから居酒屋までそう遠くありません。逆にビルばかり並んで他に休むところもない。お酒を飲んで気分の良くなった平松さんは風にあたる為に境内まで出向いて、煙草を吸っていた。そしてそのまま煙草の火を消さないまま吸殻を捨てて帰ってしまった。それが知らぬ間に短草に火がついて、煙が登っていたところを先ほど来た宮司さんが発見したのです」 平松は急に真っ青な顔になった。 確かに平松は酒を飲みすぎて身体が火照り出すと外へ出て風にあたることがある。 この辺にはビルばかりで落ち着いて座るところもない。 だから、平賀天満宮は酔い覚ましにちょうどいい場所だった。 気分が良くなると煙草を吸いたくなるのも彼の癖だ。 知らぬ間に吸って、吸殻をそのままにした可能性は高い。 実際、満瑠がここまで言い切れるのは、平松の肩に乗っている御霊のおかげなのだが、その事を話したところで信じてはもらえないだろう。 「もし、その酔い覚ましが今朝方でなかったら、もっと大きな火事になっていたかもしれないんですよ!」 満瑠は平松に叱るように言った。 朝早く、宮司の早河が境内の掃除に来たから、小火に気づけたのだ。 さすがの早河もこれには憤慨している。 「しちさん! 前から言ってるけどね、境内は禁煙だからね!! 今度見つけたら境内の掃除を1か月やらせるから覚悟しといてくれよ」 平松は勘弁してくれと嘆いていた。 しかし、自業自得なのだ。 身内の仕業だったからこのぐらいで済んだが、別の人間の悪意ある行為なら、もっと大事になっていただろう。 早河は満瑠にお礼を言って、彼女を見送った。 彼女がこうして神社仏閣を巡回しているのも、こういった問題解決のためでもある。 実際、お化けが出たとか妖怪が荒らしたなど、奇怪な現象(オカルト)案件もこういった業界にはよくある事なのだが、それも満瑠のいる『特別異形管理室』が担当する。 それが警察に届けられたとしても、最終的に満瑠の部署に回ってくるのだ。 再び満瑠は中央庁付近の巡回に戻っていった。
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