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希は指を指された自分の身体を見る。
しかし、希にはいつもと変わらない自分の身体があるだけだ。
「皆さんから見て、あたしはどう見えているんですか?」
希はそれが気になって聞いてみた。
きっと自分とは違う見え方をしているのだろう。
「私にはあんたの身体が光っているように見える」
トキさんが他の3人に代わって答えた。
それを聞いて、希は少し照れくさくなる。
「何すか? 正に神のように神々しいっていう感じですか?」
半分冗談のつもりだった。
しかし、他の3人も頷いている。
「あんた自体が光を放っているわけじゃないのはわかっとる。じゃが、確かにその光はどの御霊とも違う。途轍もない力を放っているのじゃ」
「途轍もない力?」
満瑠にも大きな力と言われた気がした。
希には自分の中にどんな存在が宿っているのか、感じることすら出来なかった。
「そして、一番私らが気になっているのは、そのあんたの御霊が未完成、つまり片割れしか宿していないと言うことなんじゃよ。ようは、あんたの中の御霊は二分した形であんたに納まっているということなんじゃ」
余計にわからなくなってきた。
自分の体の中に巨大な御霊が存在し、それが半分だけ。
なら、もう半分はどこにあると言うのか。
「たしか、あんたん名前は……」
なっさんが何かを思い出したように希に聞いた。
「百鬼です。百鬼希です」
「百鬼か……、聞いたことねぇなぁ」
苗字が何かのヒントになるのだろうか。
希は、その質問すら気になった。
そして、今度はタケさんが希に質問した。
「あんたの親戚に『高木』っていう苗字の者はいないかい? それなりに権力を持った一族だとは思うけど」
『高木』と聞いて、希には身に覚えがあった。
「高木はうちの本家の苗字です。確かに、元々地元の豪族かなんかだとは聞いていますし、うちなんかよりずっと立派な家系ですね」
それを聞いた瞬間に4人がそれぞれ顔を合わせた。
隣に立っていた満瑠は理解できていない様子だったが、皆の顔が余計に険しくなる。
「そんなら納得いくなぁ」
そう一番に口を割ったのはなっさんだ。
そして、真横にいるタケさんの顔を見た。
タケさんも一呼吸おいて話始めた。
希にも妙な緊張が走る。
「大いなる神の中に高木神と呼ばれる存在がいる。この名で知っているものは少ないが、こちらの名前で言えば理解する者も多いだろうな。高御産巣日神」
それを聞いた満瑠が驚いた表情を見せた。
逆に希には全く馴染みのない名前だ。
「高御産巣日神って別天津神の一人、造化三神の万物の創造神ですよね!?」
希の横で満瑠が答える。
別天津神?
造化三神?
その辺に関わったことのない希にはさっぱりわからない。
ついていけてない希の状況を理解したのか、タケさんは希にもわかるように説明した。
「希ちゃんは古事記や日本書紀は読んだことあるかい?」
希は首を横に振る。
歴史の教科書でそのような書物があるのは知っているが、実際の中身に興味も持ったことはなかった。
「その中の最初のお話、『天地開闢』はこの世界の成り立ちについて書かれている。正確に言うと、この日本国が出来た成り立ちだよ。その際に、3人の神が顕現されるのだけれど、その神の一人が高御産巣日神なんだ。その神の名を高木神と呼ぶ者もいた。そして、恐らく君の中にいる御霊は、その高御産巣日神の片割れと考えるのが妥当だろうね」
ものすごく大きな話になっている。
つまりこの国を作った神の1人が半分にしろ希の中に納まっているというのだ。
そんなそこらの神とは違う。
日本書紀に最初に出てくる神様など言われても、到底納得いかない。
しかも高木なんて苗字はたくさんいるはずだ。
きっと何かの間違いなのではないかと希は疑った。
しかし、老人たちには何か確信があるようだった。
「こりゃ、わしらにはどうにも出来ん話しだ。やはり、天様に直接お会いするしかねぇだろうよ」
なっさんは大きく息をついて言った。
天様と聞いて、満瑠はげっそりする。
「ちょっと待ってください。天様に会うって、百鬼さんを直接あの方に会わせるってことですよね。それ、誰が案内するんですか?」
すると一斉に老人たちが満瑠を指さした。
満瑠は苦しそうに声を上げた。
どうも、満瑠はその天様が苦手なようだ。
「あの、天様って誰ですか?」
希は周りの話に追いつかず聞いてみる。
すると、すごく悲しそうな顔で満瑠が答えた。
「伊勢神宮にいらっしゃる天照大御神様です。先ほどの神社で話したあなたと同じ境遇のお方ですよ」
さすがの希にもその名の神を知っている。
日本で一番有名な神だと言っていい。
この日本で最も尊い、頂点に立つ神と聞いて、やっと希は理解した。
「はぁ!? 天照大御神!? 会うってどういうこと? そんなに簡単に神様に会えちゃうわけ?」
「そんなわけがなかろう!! 天様に会えるのは関係者と一部の政治家ぐらいじゃ。それに天様は他の神とは違う。あの方も人を依代として存在されておる」
希を嗜めるようにトキさんが答えた。
「お前と同様に人の身体を媒体とし、御霊を降ろしておるのじゃ。ただ、大きく違うのは天様の意思は完全に天照大御神のもの。しかし、お前は片割れのためか、意識はあくまで百鬼希のものじゃ」
「え? つまり神を宿したら、その神に乗っ取られるのが自然と言うこと?」
「言い方が少し問題じゃが、まあそうじゃな。お前たちのようなものを我々の官界のでは『カミノ依代』と呼ぶ。本来であれば、生きた人間の体内に神を宿すことは禁忌とされておる。だから、天様は特別な存在。代々、一族の人間から女子の赤子が選ばれ、自我が芽吹く前に神降ろしの儀を行う。その肉体が滅びるまで、その女子は神の依代として生きるのじゃ」
その話を聞いてぞっとした。
つまり、もし希の体内にある御霊が完全体であったならば、希は希として生きてなかったことになる。
神の意思に奪われ、肉体だけが生きるのだ。
そんな残酷なことが、裏で行われていることを初めて知った。
「ひどい。そこには人権はないんですか!?」
「だから、禁忌だと言っておろう! しかし、我が国には天様のご意思がどうしても必要なのじゃ。でなければ、我が国は当に滅びていてもおかしくない。全ては神のご加護、助言があってこそ、この国の平和は守られている」
そう言われると何も言えなかった。
たった一人の少女の命が国民全体を支えているのだ。
代々繋いできたこの儀礼を今更誰も否定は出来ないだろう。
しかし、希には天様のような儀式をした覚えがない。
親族にもそう言った関連の家柄の者もいないし、なぜ希の中にもその御霊が宿しているのかわからなかった。
「まあ、詳しい事は天様に聞くといい。僕らには荷が重すぎる」
タケさんの言葉にそうですよねぇと納得しつつも、満瑠は肩を落とした。
ということは、希は伊勢神宮、つまり三重県まで行かなければならない。
「ちょっと待ってください。この貧乏フリーターが三重までの旅費なんて出せないですよ!?」
「それなら安心せぇ。天様の許しさえ降りれば、経費で落とせる」
つまり税金だ。
旅費がただになるのは嬉しいが、希は少し複雑な気持ちになった。
「そもそも、あたしがその何神様だったか忘れましたが、のカミノ依代だったとして、何か問題があるんですか? 満瑠からは肩凝りが治らないとは聞いてますけど、今までそれほど不自由したことはありませんよ」
「その歳でフリーターでもか?」
ウメさんは希の何かを見透かしたように言った。
そう、希は万年フリーターだ。
田舎が嫌で、東京の三流大学を卒業した後、正社員となるが、そのままリストラ。
その後、就職活動に明け暮れるが全く雇ってもらえず、こうしてファミレスとコンビニのバイトを掛け持ちして生活している。
自分でも運がある方には思えない。
寧ろ、不運にすら感じていた。
つまり、希の今までの人生の不運の連続は、希の中にある御霊にも関連するということだ。
ならば、問題がないと言い切ることは出来ない。
「満瑠ちゃんとしてはどうだい? こいつは使えそうかい?」
なっさんは笑いながら、希を指さして満瑠に聞いて来た。
満瑠も少し考える。
確かに希という存在は気になり、御霊の存在を感じることが出来る満瑠にとっては常に多種多様の御霊の集まる希は役に立つかもしれない。
「そうですね。私としては一緒にお仕事をしていただけたら助かります」
「だってよぉ。お前さん、うちでアルバイトすればいい」
なっさんは突然突拍子もない事を言って来た。
隣にいたウメさんも同意する。
「そうねぇ。その方が天様の謁見許可も下りやすいだろうし、一石二鳥じゃないのかい? 早速課長さんに話をつけてこようかね」
「いやいや、あたしには他にバイトもありますし」
希は必死になってウメさんを止める。
するとウメさんはまたもや希を見透かしたように答えた。
「で、そのコンビニのアルバイトはいつまで出来そうなのかい?」
「……来月までは仕事があるかと……。コンビニ経営の契約が来月までなので」
「なら、決まり」
彼女はそう言って笑った。
希には全く笑えない状況だった。
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