16.

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比島は過去の男性遍歴を話し出した。自分から好意を持って告白した相手と親友のように付き合った者もいれば、相手から食事だけのつもりで誘われてその日一晩だけの関係を持ってくれないかと一方的で偏屈な者もいて、性格はおろか趣味や嗜好、性癖などが十人十色でどういう相手が本当のパートナーとして努めてくれるのか信じがたいところも多々あったという。 久ヶ原は欠点ばかり見ては何にもならないから、どんな癖があったとしても、それが相手の本質なのだし、良いと思う相性に出会えればもっと比島自身の本心も相手に向けていくべきで、相手との波長次第でそれなりに尽くすことも大事だと話していった。 「何が良いのかな?結婚って」 「責任ばかりではないと思う。どうして一緒になりたいのか、どうしてその人なのか、寛大な面持ちで具体的に見てあげないと築き上げてきたものが一気に崩れていく。家族になるって当たり前の話、金で解決できるものでもないからさ。いくら経済力があっても欠陥が目立ってしまえばバランスさえ乱れていくものだし」 「愛ってなんでしょうね……」 「やっぱり守る事だよ。どれだけ身を削ってまで尽くしてあげるかがその人の価値が問われてくる。許容範囲を超えない限りどんなに質素でも良いから小さな喜び事を増やしてそれがその人たちの幸福であるかが垣間見えてくる」 「課長はそこに辿り着けなかったから、別れたとか?」 「それもあるかもしれないな。女性よりも男への弱さを支えたくなる性分だしその比率が高いから、妻も俺に息子を預けることができないって判別したのかも」 「逆に、それでよかったって思っている?」 「うん。解放された感が出てさ。やっと本当の相手にも巡り会えたって感じだし」 「その相手の男性も同じ同性愛の人?」 「ああ。彼も似たように悩みながら生きてきた人なんだ。元々医師だったんだけどどうしてその道を選んだのかが霞むようにわからなくなって、結果的には辞めて開業医をしている親御さんのところで働いているんだ」 「そう。でも良かったじゃないですか、この先のパートナーと一緒になれるって思ったら何かと心強いですよね」 「俺も相手を支えていきたい。子どもの事もあってそれがどう返ってくるかはこれからの事次第だけど、逃げずに受け止めていきたいんだ」 「なんか、かっこいい。そうか、だから私も課長に憧れてそれ以上に好きになっていたのか」 「あまり焦らないでいてくれ。とにかく自分を大事にしなさい。必ず良いことがあるよ」 「はい、ありがとうございます」 スマートフォンに目をやると二十一時近くになっていたので、二人はそのまま夕食を摂ることに決め店から出て商店街を抜けた所にある中華料理店へ入っていった。久ヶ原は中華そばと半チャーハン、比島はあんかけ焼きそばを注文し品物が来ると箸をつけて食べていった。 「会社の近くにこのお店があるの知らなかった。ここに来ることはあるんですか?」 「前に他の部署の人に連れてきてもらったんだ。なかなか美味いだろ?」 「はい。ちょうどお腹空いていたので、この量が良い感じです」 しばらく無言で食事を進めていくと、久ヶ原は比島の食べるペースが早いことに気づいて思わず笑ってしまった。普段の昼食もあまり時間が取れないので、この数年で食べるスピードが上がっていったと話していた。彼は飾らない彼女の雰囲気に自分もどこか安心感を覚えるようになり、一緒に仕事ができていることに信頼を寄せていると伝えると彼女は照れ笑いをして箸が止まった。 「今日の課長、なんか素敵な事ばかり言って気持ち的にときめきます。独り身なら本気で狙っていたのにな」 さりげない言葉を漏らしたつもりだったが久ヶ原はその言葉を鵜呑みにして、彼女を見つめ始めた。 「どうされました?」 「……比島、明日は休みか?」 「ええ。何か?」 「今日、うちに来ないか?」 「どうしてですか?……あっ、呑みたいとかですか?」 「これからも長く仕事上で付き合っていきたいんだ。日頃の礼というか……今日だけでいい。男女の関係として最初で最後にしたい」 「一晩、一緒にいたいんですか?」 「ああ。家に来てくれないか?」 彼女は唇を噛みながらしばらく考えて、再び彼の視線に応えるように分かったと言って承諾をした。食事を終えて店を出てから大通りにつながる路地裏を並んで歩いていると、比島は久ヶ原の手を握り彼もまた握り返しては手の間に指を絡ませて、互いに微笑んでいた。 その後家に着くと彼女を抱きしめて、振り向きざまにキスを交わしては靴を脱ぎ捨てて、腕を引っ張り出してはそのまま寝室へと入っていった。久ヶ原は比島の思いに応えるように、丁寧に絡めた身体を抱きしめて、華奢な身体つきの彼女の情に自身の帯びた熱を溶かしていくように膠着(こうちゃく)していった。 二人はそれぞれの性感帯を確かめ合いながら欲情と吐息を重ねて、闇夜の中に溺れていきながら蜜愛を捧いでいった。
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