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「照れなくてもいいのに。しょうがないなあ、奈々子は」
「てっ、照れてなんかいません」
キッと睨むと、仕方ないという感じで身を引いた。そして、ふと真面目な顔になり、
「いちいち不安になるな。由比家なんて、君が思うほど大した一族じゃない。もとをたどれば信州の名主だが、直系のご先祖は土地も金も最低限しか与えられない末端の分家だった。財をなしたのはたまたまで、運が良かっただけなんだから」
「……たまたま?」
「時勢に恵まれてたってこと。つまり、成り上がり一族なわけ」
由比さんは私の不安を見抜いていたようだ。だけどそれよりも、成り上がり一族というのは一体?
首を傾げる私に、彼は微笑む。
「三保コンフォートの歴史は知ってる?」
「あ、はい。公式ホームページに年表が載っていたので」
そこには、長野で旅館を営んでいた初代社長が、観光ブームを足がかりに事業を拡大させたと書いてあった。
創業は昭和28年。当初は三保旅館という会社名だった。最初の旅館を三保湖と呼ばれる湖のほとりに建てたため、社名となったそうだ。
「創業者は俺の曽祖父。しかし会社を興す元手を作ったのは、その一代前の由比一郎という人物だ。伝え聞く話では、進取の気性に富む、かなりエネルギッシュな野心家だったとか」
「由比一郎。年表には載っていなかったような……?」
「会社の歴史には関係ない人だからな。しかし実際、その人がいなければ三保コンフォートはなかった。彼が金を作ったからこそ、今の由比家があるんだ」
なんだか、目がキラキラしてきた。
熱い語り口といい、おそらく彼は、野心家だったというそのご先祖様をリスペクトしている。
「それでな、由比一郎がどうやって金を作ったかというと」
「は、はい」
由比さんが生き生きと話し始めた。
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