Episode 01

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Episode 01

―――夏。 英語を公用語する某国の片田舎に位置する、夏と冬の二つの季節しかない湾港都市。創建の歴史は紀元前八世紀まで遡る。某国の植民地として貿易が盛んに行われていた当時、海賊の被害を防ぐために建設された運河により旧市街は新市街から隔てられる。のちに長く分断されていた両地区に交通の動脈となる一本の橋が架けられた。 海を臨める旧市街は古風な石やレンガで造られた建築物、中世の歴史的建造物も数多く現存し魅力ある景色を誇ることから、穴場の観光スポットになっている。一見すると観光業で栄えている街にも見えるが、一歩路地へ入れば犯罪に巻き込まれる。 治安が悪いエリアに立つ、一階に中華飯店が入るレンガ造りの五階建てアパートメント。歴史を感じさせる外観とは違い、建物内は近代的なリフォームが施されている。ここに三ヶ月前から暮らしている三十代のリック・コールは、十代後半の少年に各階を案内して五階へと向かう。 「今日からここがお前の部屋だ」 少年を先に部屋に通し、密室にならないようドアを開け放ったまま部屋に入る。リビングにいる自分よりも背の低い少年が襲ってきても、即座に反応できる距離を取って見守る。新しい住人は、善良な市民ではない。数カ国を軽由して元海兵隊のリックが軍の施設から連れてきた少年は、元反政府ゲリラの戦闘員だ。彼はリビングに注意深く視線を配ってから、隣接しているベッドルームへと向かった。 リックは一定の距離を保ったまま後を追って、ベッドルームのドアを閉めずに部屋に入る。そして開け放ったままのドア横の壁に背を預けて立つ。さっきと同じようにベッドルームを見回していた少年が不意に振り返る。その瞬間、腰に装着しているヒップホスターに挿している銃に手を掛ければ、少年が口端を引き上げて笑った。 「なに警戒してんだよ」 過剰なほど整った顔立ちをしている褐色肌の少年は、ダブルベッドに腰掛けて足を組む。彼は幼い頃から様々な殺しの技術を叩き込まれた暗殺者だ。十代後半という年齢で、現役時代のリックよりも人を殺している。 「素手で何人も殺す奴に警戒して当然だろう」 間合いを取って少年の正面に立っているリックは、彫刻のような美しい顔立ちでアースアイだ。普段はカラーメガネやコンタクトで隠している。今日は少年といることもあり裸眼だ。 「アンタは殺らねぇよ。殺っちまったらコレが食えなくなる」 そう言いながら少年は、ジーンズのポケットからチューインガムを取り出す。 リックは包装を解いてチューインガムを口腔に放り込んだ少年から目を離さず、銃に掛けていた手を下ろす。しかし、油断は禁物だ、とリックは警戒心を解こうとはしなかった。 「どうだ、向こうよりもマシだろ」 「場所を変えてもアウルは、オレを連れ戻しに来ねぇぜ」 「それを判断するのは俺たちだ」 「俺たちってことはアンタの他にもいるってことか」 「俺の他に二人、ここに住むことになっている」 ドア横の壁に背を預けて腕を組んだままのリックは、少年から片時も目を離さずに言った。 一年前、S国にある公的機関に反政府ゲリラが人質を取り立てこもるという事件が発生した。その主犯格でもあったアウルを取り逃がした軍は、彼と師弟関係にある少年を監視下に置いた。しかし、アウルが接触してくるのを待ったが現れることはなかった。そこで内密で奪還と救出作戦に参加した関係者たちで、俗世間で監視下に置くことにしたのである。しかし、それは表向きの建前に過ぎなかった。 本来の目的は、それらしい名目で少年を施設から出すことにあった。彼を施設に収監している期間、どんなに警備を厳重にしても脱走を繰り返しその度に負傷者が絶えず、とうとう恐れていた死者が出たことで今回の処置が急遽決まったのだ。 「手っ取り早くムショにぶち込めば、アンタらの手間が省けたんじゃねぇ?」 「刑務所で問題を起こされる方が、隠蔽に手間が掛かる」 「自由に行動させてくれねぇなら、ここでも同じ事をするぜ」 「この街と新市街の外に単独で出なければ、自由に過ごして構わない」 「甘いな。チップを抉り取って逃げるかも知れねぇぜ」 チューインガムで球体を作る少年の腕には、最新のマイクロチップが埋め込まれている。 「逐一、最悪の事態を想定して行動しろって軍で習わなかったのかよ」 「お前は相棒を置いて逃げるような奴じゃないだろう?」 「ソルはオレを捕まえる前に殺したって聞いたぜ」 「それは俺が嘘の報告をしたからだ」 リックは、穏やかに笑いかけてから続ける。 「殺せと命じられていたが、あとから来る二人に協力を仰いで俺の知人に預けていたんだ」 「へぇ、いまもアンタの知人って奴のところにいるのか」 「いや、こっちの環境に慣れさすためにお前より先に来ている」 リックは、三ヶ月前に少年が飼い慣らしていた隻眼の鷲を連れて来ていた。スペイン語で太陽という意味を持つ(ソル)をエサにS国で大人しく拘束させた経緯から、唯一のストッパーになるだろうと上層部には虚偽を報告して専門家のもとに預けていたのだ。 「で、ここでオレは優雅にリタイヤ生活を送りゃいいってワケか?」 「いや、仕事をしてもらう」 「学校も行ったことがねぇ。教養もないオレが出来るのは人殺しだけだぜ」 「その人殺しをしてもらう」 「アンタの国のイヌになるつもりはねぇ」 「俺と一緒に、一階のライが持ってきた仕事をこなしてもらう」 「慈善活動はしねぇ」 ダブルベッドに足を組んで腰掛けたままの少年は、噛んでいたガムを包装紙に吐いて丸める。そして部屋の片隅に置かれているゴミ箱に向かって投げ捨てた。 「報酬は払う」 「アンタ、オレと組むために軍を辞めたのか」 「いや、俺の一身上の都合だ」 「ふぅん。せいぜいオレの足手まといにならねぇようにしろよ」 「ここでの生活に質問はあるか?」 ほんの一瞬視線を逸らしたそのとき、少年が視界から消えた。次の瞬間、腰の銃を抜く間もなく利き手を掴まれる。あまりの素早さに思わず息を呑む。 「アンタは殺らねぇって言っただろう」 二度も同じこと言わせんなよ、と少年はリックの胸倉を掴んで耳元で囁いた。 「何のつもりだ?」胸倉を掴まれているリックは、少年の手を引き離しながら言った。 「ソルを連れて来てくれた礼をしねぇとな」 少年は人差し指をリックが穿いているジーンズのバックルに引っ掛けて笑ったのも束の間。その場に膝を付いたかと思えば、ジーンズの前立てを寛げて下着から男根を取り出した。 「おい、やめろ」 思わず髪を掴んで制したものの次の瞬間には、男根を咥えられてしまい眉根を寄せる。それと同時に少年の頭に銃を突きつけ制止する映像が過ぎった。脳裏で鳴り響く警告音に従い腰の銃に手を伸ばす。 「噛みちぎられたくねぇなら、大人しくしろ」 「……ッ」 リックは、少年に鋭い目で仰ぎ見られて銃から手を離す。 「イイコ」 少年は口端を引き上げると、リップ音を立てて亀頭にくちづけしてカリや裏筋部分に濡れた舌先を這わせる。反応を楽しむかのように舌で包むように男根を舐める。硬く芯を持ち始め、カウパーを滲ませ出した男根を口腔に含む。粘着質な水音を立てながら、歯が当たらないよう唇と舌を使って頭を前後に揺らしながら扱き吸う。膨張して脈を打つ男根を喉の奥まで咥え込み、そして浅く咥える。カウパーと唾液が混じった滴を口や床に滴らせながら射精感を高めていく。頭上から降ってくるリックの吐息を聞きながら追い立てる。 「はぁ…、ちょっと待て…出る……」 リックは少年の口腔で射精しそうになり、慌てて腰を引く。しかし次の瞬間、少年の顔に吐精してしまう。自分の白濁で汚してしまった罪悪感と、まんまと流された自分に苛立ちを覚えながら詫びる。 「すまない。これで……」 そう言いながらリックは、タンクトップの上に着ているシャツを脱ぐ。それを手の甲で顔の汚れを拭いながら、立ち上がった少年に差し出す。すぐに軽く顔を拭いた少年から、シャツが投げ返ってきた。 「飲んでやっても良かったんだぜ」 「洗面所は奥のドアだ」 リックは、ベッドルームから直行できるバスルームへと続いているドアを視線で指す。そこは洗面所とトイレ、バスルームが一体になっている。だが、少年はバスルームに向かうことなく、さっきまで腰掛けていたダブルベットに座った。 「気にならないのか」 「何が?」 どう応じればいいのかわからずリックは、人差し指で自分の顔を指す。すると、「別に」と少年はベッドに立て膝を付き、その膝に頬杖を付いた。 「ガラ、俺は見返りを期待して動いている訳じゃないと何度言えばわかるんだ」 実は、リックはアッシュが施設に収監されているときもチューインガムの礼だと言われ、先程と同じように隙を突かれて鉄格子越しに唇を奪われていた。その日以来、脅迫にも似た強請られ方をされてチューインガムを渡してやる度に繰り返された。甘んじてキスを交わしたのは、別の方法を尋ねた際に不要な人間を殺してやると極端な返事が返ってきたからだ。リックは性的趣向がストレートにも関わらず、性的行為を選ばざるを得なかったのである。 「そんなことより、ガラってアンタに呼ばれたくねぇんだけど」 「本名を教えてくれ」 「ねぇよ」 少年は一拍置いて続ける。 「なんせアウルの話じゃ、オレは親の顔を拝む前に売っぱらわれちまったらしいからな」 「じゃあ、何て呼ばれたいんだ」 そう言いながら、ガラはアウルに付けられた名前だったのか、とリックは思った。 一年前に拘束して軍の施設に移した際に、軍関係者や作戦に加わっていた中央情報局(CIA)のエージェントが数え切れないほど、少年に尋問したが口を割らなかった。それは違法な手を使っても同じだった。まだ少年に関してわかっていることは少ない。 「アンタが決めていいぜ」 「それなら……」 リックは顎に手をやり、ダブルベッドに立て膝で座っている少年を見つめる。ふと子供の頃に飼っていたグレーの毛並みのネコが過ぎった。視線の先にいる少年も足音を立てずに歩くことから、ネコの名を口にする。 「アッシュ」 「へぇ、オレのどこを見てその名前?」 「ガキの頃に飼っていたネコの名前だ」 「なら、ペットらしくしてやるよ」 「大人しく飼われるつもりなら、身体で対価を払うのは飼い主の俺だけにしてくれ」 その言葉に下心はない。一ヵ月後にここにくる二人にも同じ行為をされたら、面倒なことになりかねないからである。 「そんなによかったのなら、今度は最高に気持ちよくしてやるよ」 立て膝に頬杖を付いたままのアッシュは、悪戯っぽく口端を引き上げる。 「三十分後に晩飯だ。シャワーを浴びて二階のリビングに来い」 「わかった」 「着替えはお前の後ろにあるクローゼットに一通り揃ってる」 いいか、三十分後だ、とリックは念を押してベッドルームを出た。そのままリビングを抜けて開け放たれているドアから部屋を出る。 ずっと神経を尖らせていたリックは溜息を吐き、張り詰めていた気を緩める。 (…言動が読めない) そればかりか、ソルの話題を振ったときも驚きもせず表情ひとつ変えることはなかった。声色に温度はなく、まったく感情を読ませない。この先どうすれば、と胸中で呟いて、開け放ったままの部屋の入口ドアに振り返る。一瞥して背を向けると、階段の方へと向かった。
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