Episode 03

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Episode 03

「…ッ」 悪夢で目覚めれば、見覚えのある間接照明が点った天井が視界に飛び込んできた。すぐに新市街の自分の家にいることに気づいたリックは、ダブルベッドに寝たままナイトテーブルに振り返る。置時計に視線をやれば、深夜二時を回っていた。息を吐き、腕で目を覆う。 寝直す気にもなれず、酒でも呑むかと腹筋を使って上体を起こす。しかし次の瞬間、アッシュに膝に飛び乗られてバランスを崩し倒れる。コネクティングドアを開け放っていたものの、二部屋続きになっている奥の部屋からアッシュが来る気配を察せられなかった。 「お前、本当にネコみたいだな」 全裸で膝を付いて腰に跨っているアッシュを仰ぎ見る。褐色肌の筋肉質な身体には、左肩から肘にかけてブラック&グレーのインクでイーグルのタトゥーが入っている。そして数々の修羅場を潜り抜けてきただろう傷痕が幾つもあった。 彼らが新市街の家に着てから、二週間が経とうとしていた。初めの五日間、リックはアッシュに地下射撃場でトレーニングさせていた。リウが言ったように問題を起こすこともなく、ひたすらトレーニングに打ち込んでいた。その様子から森の中にある射撃場も使わせることにした。その日からアッシュは、ロードワークとタクティカルトレーニング、それに加えて銃のカスタマイズをしていた。正直、ここまでストイックだと思わなかった。 「対価を払いに来てやっぜ」 「降りてくれ。もう払わなくていい」 「なに善人ぶってんだよ。いまさら遅ぇよ」 リックに跨ったままのアッシュが腰を少し浮かせて後ろに身体を引いたのも一瞬、リックが穿いているスウェットパンツを一気に太腿までずり下げる。そして彼の男根を掴んで勃起している自分のそれと合わせ持つ。通常の状態でも大きいリックの男根に芯を持たせるように扱き始める。しかし、数秒経ってもそれは勃つどころか萎えたままだ。 「俺はストレートだと言っただろう」 「言ってろよ。すぐに勃たせてやるよ」 鼻先で笑ってアッシュは手を離すと、今度はリックの男根を口に含んだ。根元を片手で包むように握り口淫する傍らで、もう片方の手でスウェットパンツをずり下げる。膝下まで下げると器用に足を使ってそれを脱がせた。 小さな脈動ともに徐々に屹立し始めたリックの男根を咥えたままのアッシュは、舌で熱を感じながら口端を引き上げる。唇や舌を使って少し乱暴に育て上げると、それから口を離した。舌打ちしてするリックを見下ろしながら腰を浮かせ、硬さも反り具合もいい彼の男根をアナルにあてがう。そして一気に根元まで腰を落とした。 「見ろよ。アンタのデカいのが入ってるぜ」 膝を付いて跨っているアッシュは少し腰を浮かせ、結合部が見えるように自分の陰嚢を持ち上げる。不覚にも促されるまま頭を上げたリックは、思わず視界の先に捉えた自分の男根を咥え込んで広がっている尻の肉を掴む。女のそれは見たことがあるが、まさか男との結合部を見せられるとは思っても見なかった。けれど、生理的な拒否反応は起こらず、逆に興奮している自分に戸惑う。 「どっちも関係ねぇだろ?」 「お前は女を抱いたことがあるのか」 「あるぜ。対価を払うのに男も女も関係ねぇからな」 アッシュは下唇を舌先で舐めると、リックの鍛え上げられた分厚い胸筋に両手を付いて腰を使い出す。洗面所で見つけたワセリンでアナルを解していたこともあり、痛みを感じることもなく迎え入れたリックの男根を肉壁で擦るように腰を前後にスライドさせる。吐息を零すリックを見下ろしながら腰を振る。そして彼の胸筋に付いたままの両手に体重を乗せて膝を立てると、結合部を見せ付けながら尻を上下に動かす。その度にアッシュのネックレスになっているシルバーのバードホイッスルが、間接照明の光を受けて煌めく。まるで激しく腰を使う南国のダンスのように腰を振る、アッシュの腰を気づけば支えていた。 互いの荒い息と肌を打ち付ける音が、部屋の空気を震わせる。 「はぁ…ン」 「…っはぁ」 「…はぁ…リック…」 掠れた声で初めて名前を呼ばれたリックは思わず起き上がる。主導権を握られたままでは男として気に食わず、後ろに両手を付いたアッシュの腰を掴んで引き寄せる。そして性感帯を暴くように責め立てれば、最奥を突いたそのとき首にしがみついてきた。場所が分かれば後は、そこを狙って腰を律動するだけだ。吐息混じりに何度も名前を呼ばれて、アッシュに挿入している自身が更に膨張するのが分かった。それは相手にも伝わったようで、首にしがみついていたアッシュと視線が合ったのも一瞬、どちらともなく唇に貪りつく。口腔を舌先で舐め合って吸い、互いの唇を軽く食む。射精感を高めていき、先にアッシュがリックの腹を濡らすと、続けてリックも男根を擦り上げていた中で達した。 「すまない…」 荒い息のままに腰を後ろに引こうとすれば、挿入している男根の根元を締め付けられた。吐精しても萎えずに硬さを保ったままのそれにアッシュが悪戯っぽく笑った次の瞬間、リックの肩を掴んで緩く腰を使い始める。 「まだ終わりじゃねぇぜ」 朝の九時。コネクティングルームになっている部屋のダブルベッドで眠るリックは、ふわふわで温かい手触りがする何かを優しく撫ぜる。子供の頃から入隊するまで一緒に暮らしていたネコの名前を呼べば、耳元で低い鳴き声が聞こえてはっと目を覚ます。腕の中にいたのはネコではなく、同じ名のアッシュだった。 あの後、二人は部屋に光が差すまで倒錯の世界にいた。アッシュはリックにドア一枚で繋がっている奥の部屋でシャワーを浴びると言い残し、褐色の下肢に伝い流れる白濁もそのままに出て行った。そのアッシュがリックに大人しく撫ぜられていたのだ。 リックはアッシュが、いつ戻ってきたのかよりも、ベッドで眠っていることに驚いていた。軍の施設にいた頃もこちらに来てからも理由はわからないがベッドを使わず、リックが何度促しても固い床で寝ていたのである。どういう心境の変化でベッドの上で眠っていたのか、問うよりも先にアッシュが口を開いた。 「やめんな。いまのもう一回」 「え?…あぁ」 一瞬何を言っているのかわからなかったが、すぐに察したリックはアッシュの頭を撫ぜてやる。不揃いなプラチナブロンドの髪は手触りが良かった。気持ち良さそうに目を細めるアッシュは、飼っていた大型猫を連想させた。懐かしい記憶を手繰り寄せながら、愛猫を撫ぜていた手つきで頭を撫ぜてやる。 しばらくすると寝息が聞こえてきた。初めて監視カメラの映像ではなく直接見る寝顔は、随分とあどけなかった。そのまま寝かせてやることにしたリックは、そっとナイトテーブルに手を伸ばす。そこに載っている読み掛けのペーパーバックを片手で取り顔に翳すように持つと、左から右へと文字を追い始めた。 この二週間リックはアッシュと共同生活を送るなかで、徐々に初日のような警戒心を解いていった。それは肉体関係を持ったからではない。アッシュの生活態度から過剰に神経を尖らせなくていいと判断したからだ。しかし、まだ完全に信用した訳ではない。 三時間ほど経ったところで、アッシュが目を覚ました。何も言わず途中まで読んでいた二冊目のペーパーバックを閉じる。それをナイトテーブルに置いて、アッシュに振り返った。 「どうしていままでベッドで寝なかったんだ?」 「床でしか寝たことねぇから……」 まだ覚醒仕切っていないのかアッシュは、ぼんやりした口調でいってきた。その衝撃的な言葉に短い声を上げれば、自分の胸に頭を載せたままのアッシュが上目遣いで口を開いた。 「固さが足りねぇからアンタの身体を借りてる」 「マットレスを変えてやろうか」 リックは同情や哀れみからではなく、ただ単純に思ったことを口に出した。 「そんなことより、ソルにもメシ食わせてやりてぇんだけど」 会話を交わしているうちに目が覚めてきたのか、アッシュはベッドから起き上がった。 リックも腹筋を使って起き上がると、反対側からベッドを降りるアッシュに言った。 「あぁ、わかった。用意してやる」 「ありがと。ついでにオレにもメシな」 そう背向けざまに言ってアッシュは、隣接している奥の部屋へと向かう。 初めて性的行為ではなく言葉で礼を言われたリックは、何も言わずにアッシュの背中を見送りベッドから降りる。リックは数時間前の事後に浴びたシャワーを、もう一度浴びるためにシャワールームへと向かう。 リビングでブランチを済ませた二人は、森に面した広大な庭にいた。彼らの頭上には雲ひとつない青空が広がっている。リックはアッシュの隣に立ち、彼がバードホイッスルで呼び寄せた隻眼の鷲を見上げていた。 旋回するように大空を悠々と飛んでいる鷲の名前であるソル。アッシュがスペイン語で名前を呼び、口笛を吹くとレザーグローブをしている手に飛来してきた。 「ソル、会いたかったぜ」 そうスペイン語で声を掛けたアッシュが、ソルに向ける眼差しが優しいことに気づく。一年前作戦に参加する際にブリーフィングで配られた資料によれば、この鷲を救うために何人も殺したと記載されていたことを思い出す。たかが鳥一羽のために六歳のガキが人を殺すか?と、あのとき感じた疑問が再度過ぎる。用意してやった生肉を鷲に食べさせてやっているアッシュを眺めながらリックは思う。彼が用意してやった生肉は、預けていた猛禽類の研究をしている知人から教えられたとおり与えやすくカットしてある。 口笛を合図に腕から飛び立った鷲を仰いでから、隣にいるアッシュに振り返る。 「お前、アイツを助けるために人を殺したって本当なのか?」 「だったら」 コレありがとな、とアッシュは笑って、生肉が入っていた容器をリックに差し出す。 平然と認めたアッシュに衝撃を受けながら容器を受け取ったリックは、平静を装って言う。 「たかが鳥一羽だぞ」 「それが何だよ。アンタらもくだらねぇことで殺ってんじゃねぇか」 「俺たちは愛する家族や国を守るために戦ってたんだ」 「なぁ、愛ってなに?」 「え、……もしかして意味がわからないのか?」 「どんな気分になることを言うんだ。オレにわかるように話せ」 「ちょっと待て。お前誰かを……」 馬鹿げことを口走りそうになり、リックは先を続けずに別の言葉を選ぶ。 「お前に聞きたい事がある」 着いて来い、と視線で促して後ろに振り返ると、家の方へと足を進めた。 それ以上何も言わず広い歩幅で足を進めるリックは、初めて会ったときから時より会話中に小さく首を傾げていた理由が分かったような気がした。 しばらく互いに無言で広大な庭を歩き、開け放ったままの天井まである窓から直接リビングへと戻る。アッシュをカウチソファに座るように促して、リックは対面になるようにセンターテーブルに腰掛ける。 「いまから俺が言う言葉の意味がわからなければ、首を横に振るだけでいい」 「そんなことより、持って帰る銃を選ばせろよ」 そう言いながらアッシュはソファから立ち上がる。 今晩ここで夕食を済ませた後に、旧市街のアパートメントに戻ることになっている。リックは自分の言葉とおりに「いい子」にしていたアッシュに、この家を自由に使える許可とハンドガンを所持するそれを与えていた。 「明日の朝食はフレンチトーストを焼いてやるから付き合え」 リビングを出て行こうとするアッシュを引き止める言葉が見つからず、ふとフレンチトーストを美味しそうに食べていた光景が過ぎり、そのまま言葉にして声を掛けた。 「毎朝食わせてくれんなら、付き合ってやってもいいぜ」 足を止めて振り向いたアッシュに頷けば、さっき座っていたカウチソファに戻ってきた。リックは安堵の息を吐いてから、正面に座るアッシュを真っ直ぐに見る。 「それじゃ聞くぞ」 まずは日常的に良く使う感情の名前を挙げていく。注意深く観察しながら、徐々に難易度を上げて聞いていく。すると、アッシュは推察していたとおり、人としての感情が欠落していることがわかった。
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