Episode 05

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Episode 05

二週間後、夜の十時。 新市街の隣町にある三ツ星レストランの入口ポーチに銃口を向けている者がいる。大通りを挟んだレストランの反対側は、何棟も連なる高層ビルの群れ。そのひとつ開閉可能な窓があるビルの一室で、アッシュは窓辺に立ちボルトアクション式スナイパーライフルを構えていた。 (ブギーマンは誰だ?) アッシュは口端を引き上げる。 レストランの入口ポーチに出てきたスーツを着た五人組の中から、スコープのレクティルでターゲットの一人小太りの男を捉えた次の瞬間、何の躊躇いもなくトリガーを引く。続けて瞬時にボルトハンドルを後方に引き排莢し、ボルトを前方に押し弾薬を薬室に装填すると、二人目のターゲットの中肉中背の男を撃つ。更に続けて先程の手順で弾薬を装填して三人目のターゲットである初老の男を撃った。 男たちの額のど真ん中を撃ち抜いたアッシュは、瞬時に狙撃した窓辺から身を引いてライフルを下ろす。人を殺したことに何も感じず、バッグにライフルを収納してショルダーベルトを肩から斜めがけにして背負う。背を屈めてレザーグローブを着用している手で、床に転がっている薬莢を拾い上げると足早に無機質な部屋を出た。 ビルを出たアッシュは、街の雑踏に紛れて現場から死角になる場所へと向かう。 路地に止めてあった無骨なアメリカンタイプの大型バイクに飛び乗る。エンジンをかけてアクセルを開く。独特な排気音を聞きながら行き先を決めたのも一瞬、バイクを走らせる。狭い路地を抜け、交通量が多い大通りに出るとスピードを上げた。 車列をすり抜けるバイクのテールランプが、闇に赤い残像を残す。 夜の二時。一階に中華飯店が入るレンガ造りの五階建てアパートメント。歴史を感じさせる外観とは違い、建物内は近代的なリフォームが施されている。二階の共用部であるワンフロアのリビングとキッチン。三階はエディとリウそれぞれの自室と空室が二部屋。四、五階はリックとアッシュが使っている。 ここに一人待機することになったリックは、照明も灯さずに五階の部屋にいた。エディとリウ、そしてライはアッシュが逃げる最悪の事態を想定して、その際に利用するだろうと予想される旧・新市街の道路や交通機関のポイントで待機していた。 (…何を考えている) ダブルベッドに腰掛けていたリックは、溜息を零して後ろに倒れ込む。 実は、三十分前にリウからアッシュが腕に埋め込んでいるマイクロチップから居場所を追えなくなったと連絡があったのだ。仕事を終えた後にガソリンスタンドのコンビニに寄ったのだろうそこで一定時間止まっていることを不審に思い、ポイントから急行すれば男子トイレの洗面ボウルに血痕が付着したマイクロチップが残されていたと報告を受けたのである。 天井に反射している月明かりの光線を眺めながら、ここから動けない歯痒さに苛立つ。このままアッシュが失踪すれば、今日までの苦労が水の泡だ。 次の瞬間、リビングから聞こえた物音に反射的に飛び起きる。素早く腰のホルスターから銃を抜き、低く構えながらリビングの方へと向かったのも束の間。すぐにアイソセレススタンスで構えれば、銃のバレルを掴まれて奪い取られる。瞬時に反撃する拳を振り上げれば、その手を掴まれて背中に捩じ上げられた。 「何のつもりだ」 「アンタ、なに殺気立ってんだよ」 耳元で囁くようにアッシュが言うと同時、強い力で腕を捩じ上げていた手が離れた。咄嗟にリックが後ろに振り返った拍子にリビングの照明が灯る。突然強い光が視界に飛び込み、目を瞬く。それでも無理やり部屋の明かりに目を慣れさせれば、今度は背後でベッドルームの照明が灯った。その瞬間、アッシュから飛んできた自分の銃を受け取れば、マガジンが引き抜かれていた。 「マガジンを返せ」 「あとでケースだけ返してやるよ」 アッシュはマガジンを振りながら、ベッドルームのクローゼットの方へと向かう。 リックは溜息を吐いて、リビングの方に振り返る。さっき聞こえた物音の正体を確認するためにリビングに視線を配れば、ソファにライフルバッグが載っていた。それはアッシュが、ここを出る際に背負っていたバッグだった。載っている状態から投げ置いたのだろう。物音の正体がわかり安堵の息を零す。 「アンタ、いつまでそこに突っ立てんだよ」 アッシュは、ベッドルームとリビングを繋ぐドアの戸口に立っているリックを笑う。 「どうしてチップを取った」 「オッズに波乱はツキモノだぜ」 「そんなものは必要ない」 「首輪はいらねぇって証明してやったんだから良くね?」 アッシュは得意げに笑って、仕事用の裏地が特殊繊維で作られているライダースを脱いだ。それをタブルベットに投げ捨てて、ライダースの下に着ていた黒いTシャツやボトムも脱ぐ。すべて衣類を脱いで全裸になったアッシュは、タブルベッドの傍にあるクローゼットに振り返る。 扉を開けて仕事用のスーツやカジュアルな衣類がずらりと吊り下がるクローゼットに組み込まれているチェストの引き出しを開ける。ボクサーパンツを引っ張り出して扉を閉めた。 「シャワー浴びてくる」 アッシュは、ベッドルームと隣接するバスルームの方へと向かう。 何も言わずに見送ったリックは、シャワーの音が聞こえたタイミングでクローゼットに歩み寄る。静かにクローゼットの扉を開けて、その場に腰を落とす。さっきアッシュが扉を開けた瞬間、ちらりと見えたガラス瓶のようなモノを探す。すぐに隠すように隅に置かれたブルーグリーンのガラス製の瓶を見つける。 (これは…何だ?) 昔ワインなどの飲料を運ぶ際に使用されていた大型のデミジョンボトルには、小さく折り畳まれた紙のようなものが無数に入っていた。何を貯めているのか、瓶をクローゼットから取り出して見ようと手を掛けた次の瞬間、ベッドサイドのナイトテーブルに置いていた携帯電話が振動した。クローゼットの扉を閉じて、ベッドサイドのナイトテーブルを叩きながら振動する携帯電話を取る。耳に電話を当てれば、すぐに「見つからないんだけど、どうしょっか」とリウの声が聞こえた。 「いまアイツが戻ってきた」 そう言いながらリックは腰のホルスターを外して、ダブルベッドに浅く腰掛ける。 「え…、そうなんだ。良かった」 三十代のリウは、昨夜ここに来たばかりだ。 「上に連絡を入れたのか」 「まだ連絡してないよ。エディとライには僕の方から連絡を入れるよ」 「すまない。今回の件、報告するのか?」 「戻ってきたからするつもりはないよ。面倒臭いし僕はあの人苦手だしね」 「そうか」 「あのさ、君の家を借りてもいいかな。そっちに帰る方が近いから」 「あぁ、自由に使ってくれて構わない」 「ありがとう。明日は休日だから二人も誘って軽く飲もうかな」 「いいんじゃないか。二人も喜ぶだろ」 「新しいチップを入れるかは帰ってから話そう」 じゃあ、とリウは電話を切った。 通話を切った携帯電話をナイトテーブルに戻し置いたそのとき、バスルームの方から派手な物音が聞こえて肩を跳ね上げる。 バスルームに急ぎ見に行けば、洗面所に並べられていたボトルが床に散乱していた。「何をした」とリックは言いながらボトルを拾い上げる。 「フロスねぇの」 バスタブの中で立っているアッシュは、シャワーを出しっぱなしのまま言った。 「何に使うんだ」 別の目的で使うのだろうと安易に推察できたリックは、バスタブの中に立ったままのアッシュに歩み寄る。バスタブの縁を跨いで入れば、アッシュが左腕の肘を曲げて血が流れている場所を見せてきた。 「チップを抉った場所を縫うんだよ」 「え…」 「なんてな」 次の瞬間、腕を掴まれてタイルの壁に叩きつけられる。背中を殴打した痛みに眉根を寄せるよりも早く唇を塞がれる。アッシュの身体を押し返そうとすれば、あっと思う間もなくジーンズに手を差し入れられて男根を掴まれる。 唇を塞いだままのアッシュは、壁に押し付けたリックの下唇を噛んで強引に舌を差し入れる。乱暴に舌先で口腔を舐りながら、片手で掴んでいるリックの男根を扱く。 リックは頭上から降り注ぐシャワーでずぶ濡れになりながら、隙が出来る息継ぎのタイミングを待つ。悟られないようにアッシュの舌を吸い、舌先で口腔を舐める。握られたままの男根が緩急をつけて手で摩擦されて熱を帯びていくのがわかった。アッシュに手淫を受ける度に反応が早くなっている。生理的現象だとはいえ、男として悔しい。対抗心が沸きあがったのも束の間。さっき自分がやられたようにアッシュを反対側の壁に叩きつける。そして素早く濡れたジーンズの前立てを寛げて、背を向けているアッシュに覆い被さる。 「そんなに突っ込まれたいなら……」 上向いた形のいい尻肉を掴んで広げたのも一瞬、露出したアナルに挿入した。強引に腰を進めずともすんなりと、一気に根元まで入った。男根が滑りやすいように解してあったことに気づくと同時に煽られたこと知る。さっきまでの行動も仕事を終えた高揚感からきているのだろうとリックは腰を律動させる。 「あ…はぁ…」 「はぁ」 「リック…」 吐息混じりに名前を呼ばれたリックは、アッシュに沈めている自身が大きく脈打ったことに気づいた。上がった息を吐きながら口端に苦笑いを浮かべる。たった一ヶ月で煽られたとはいえ、ストレートだった自分が男に興奮を覚えるとは思いもしなかった。 「っはぁ」 「んっ…はぁ…リック」 互いの熱を帯びた吐息がバスルームの湿度を上げていく。出しっ放しのシャワーがバスタブ内にいる二人の足元で飛び跳ね、そして筋を作り排水溝に飲まれていく。 忙しない息を吐きながら振り返ったアッシュの唇を塞ぎながら、彼の前で揺れている男根に手を伸ばす。腰の動きを止めずにアッシュのそれを後ろから擦ってやる。初めて触れるそれは自分よりも少し小さかったものの、相手が女ならば喜ぶだろうサイズだった。そう思った瞬間、胸に独占欲にも似た感情が広がり戸惑いを覚える。しかしすぐ払拭するように唇を離したアッシュの前後を責め立てた。 「は…あ」 「はぁ」 形を覚えるかのように締め付けてくる肉壁で、男根を扱くようにピストン運動を繰り返す。アッシュの性感帯でもある最奥を突いてやれば、「リック…そこ…っ」と上擦った声で言われて更に腰を打ち付ける。 「はぁ」 「奥…もっと…」 「はぁ」 「で…るっ」 アッシュがタイトル壁に勢いよく射精したそのとき、リックはアナルから男根を引き抜く。咄嗟に亀頭を掴んで手の中で達すれば、指の隙間から白濁が溢れ落ちた。次の瞬間、湯を放出したままのシャワーヘッドが飛んできた。慌ててもう片方の手で掴めば、「先に出るぜ」とアッシュは背向けざまに言ってバスルームから出て行った。 無言で見送ったリックは、雄の残滓を洗い流してシャワーを壁のフックに戻す。ずぶ濡れの服も脱ぎもせず熱に浮かされていた自分に溜息を零して、肌に貼りついているシャツを脱ぎ捨てる。続けて下着ごとジーンズも脱ぐ。全裸になったリックはシャワーの雨に入った。 十五分後、バスルームを出たリックは腰にバスタオルを巻いてベッドルームに戻る。すると、ボクサーパンツだけを穿いたアッシュが、ダブルベッドに寝転がり日記帳を開いていた。 「十年も書かせるつもりかよ」 先日リックがアッシュに渡した日記帳は、同じ日付に十年分綴るそれだった。 「褒美が欲しくなければ……」 そう言いながらリックはベッドに腰掛けると、アッシュに手を差し出した。 起き上がったアッシュが投げ返してくるかと思えば、閉じた日記帳をベッドヘッドとマットレスの間に隠すように突っ込んだ。その行動に思わず小さく笑ったリックは、四つん這いで近付いてきたアッシュに振り返る。視線がぶつかった拍子に鼻先を合わせてきた。擦りつけて離れたアッシュに思わず、鼻チューが下手だった愛猫が重なり噴き出す。 「っははは、お前アイツみたいに下手くそだな」 「なら教えろよ」 言葉と同時、膝に飛び乗ってきたアッシュと鼻先を触れ合わせる。そして真っ直ぐに互いの瞳に相手だけを映し、今度は唇を重ねる。軽く口を開いたアッシュの口腔に舌先を差し入れて、彼の舌を掠めて上顎を撫ぜる。甘く口腔を犯しながら、可愛がっていたネコと同じ名をつけたことを後悔する。情が移り始めているアッシュを抱き寄せたのも束の間。身体を捻ってベッドに押し倒せば、 「ネコは正常位でヤらねぇぜ」 そう言ってアッシュは口端を引き上げて笑った。 01、Wanton kisses are keys of sin./ FIN 2023/07/08
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