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◇◇◇
病院帰りに琉の提案で夕食まで済ませて、凜がうとうとする頃に琉と咲人を家まで送り届けた。
凜はずっとにこにこしているし、咲人はご機嫌だった。
そんなふたりを見て琉も笑顔だったし、俺だって悪い気分ではなかったけど、まあ少し居心地は悪かった。
どうにも琉のようには振る舞えないから。
「凜、自分で歩ける?」
「……歩けます」
今日も早起きしたのだろうな、まだそんなに遅くないのに目がしょぼしょぼしている。そういうこどもっぽいところに俺の兄振りたい気持ちがむくむく湧いてしまう。
俺は別にここから抱えてもおんぶしても構わないんだ、ただ凜はやっぱり恥ずかしがったりするだろうな、と思っちゃうだけで。
この間みたいに完全に寝てたら抱えて帰るけれど。
「飯美味しかった?」
「美味しかったです……」
「あそこよく行くんだよね、うちから近いし丁度良くて」
「外食、久し振りでした」
「……またどっか行こうか」
「はい」
エレベーターの振動を感じながら、でも凜のご飯も美味いよ、なんて言えたら良いんだけど、とぼんやり考える。
琉なら笑顔でさらっと言っちゃうんだろうな。咲人は作らないけど。
なんで俺は言えないんだろう。流すようにすっと言ってしまえばいいのに。
「眠たい?シャワーは?」
「お風呂、洗ってます……お湯、入れるだけ……」
「そうじゃなくて。入る?そんなにふらふらしてるなら今日はもう寝な」
「……はいり、ます」
「大丈夫かー?いいけど湯船じゃなくてシャワーにしときな」
玄関を開けて、凜の背中を押した。
よたよたと靴を脱いで、お湯張りますね、と言う凜に、先にシャワーを浴びるよう促すと、でも、と俺を優先しようとするものだから、いいからとそのまま風呂場まで連れて行く。
もう一度、シャワーにしろよ、出て来なかったら確認するからな、と念を押した。
……本当に大丈夫だろうか。
でも一緒に入る訳にもいかないし、酔ってる訳でも体調が悪い訳でもないし。
琉なら咲人と一緒に入ったりするんだろうなあ、と考えて、ずっと自分と琉を比べてることに気付いた。
そりゃあ比べるよ、出来が全然違うもん。わかってるのに琉のような行動が取れない。
俺が凜に慕ってもらえるのは過去の貯金分だ。今の俺じゃない。
だからこそちゃんとしないとって思うんだけど。
優しく……優しくするって、難しい。
◇◇◇
時計を見て、思わず、一時、と呟いてしまった。
課題をしている間にぼおっとしていたらしい。変なことばっかり考えてるからかな、疲れてんのかな。
ノートパソコンを閉じ、ひとつ伸びをして、水飲んで寝るか、と少しお茶の残ったカップを手に部屋を出ようとした。
わ、と声が重なる。
部屋の前に凜がいたから。
凜も俺が出てくるとは思わなかったようだ。
「どうしたの、寝れない?」
「あ、や、ちょっと、起きちゃって……電気、点いてたから」
「話でもしにきた?」
「ちが、え、あの……」
「一緒に寝る?」
「えっ」
「待ってて、ちょっと水飲んでくる、部屋入ってていいから」
「えっ、え、」
そう部屋の前に凜を残し、キッチンで水を飲みながら、一緒に寝るかは違ったか?と考える。
いやだって、心做しか元気がないように見えたから。寝る前まではにこにこしてたのに。
別に疚しいことはない。男同士雑魚寝もあるし、咲人だって凜と一緒に寝た。俺も昔は昼寝をしたことあるじゃないか。とんとんと胸を叩いて、自分がされていたように寝かしつけをしたことが懐かしい。
だから何かがある訳ではない。
凜の話はまだまだ聞いてないことも多いし、でも無理して聞くには重い話が多過ぎる。だから凜が話したいタイミングで、とも思っていたし。
そう、疚しい気持ちはない。
「……部屋入ってなかったのか」
戻ると、入ってていいと言ったのに扉を開いたまま、灯りに照らされて凜は突っ立ったままだった。
俺を振り返る凜は少し頬が紅い気がする。一緒に寝るだなんてこどもっぽくて恥ずかしくなったのだろうか。
「あ、あの、大丈夫ですって、言おうと思って……」
「大丈夫?」
「ひとりで寝れますって……あの、おやすみなさい」
「おやすみ……?」
くるりと踵を返して部屋に帰っていった凜に、安心したのとがっかりした気持ちが半々。優しくする機会を失ってしまった。
俺が幾らこども扱いをしたって、あの頃の凜じゃない。凜には凜のプライドがあって、凜なりの羞恥心もあるだろう。
……だから無理強いをする気はないんだけど。ないんだけど、あの寝顔はもう一度見たい。こどものような安心したような、かわいらしい寝顔を近くで。
◇◇◇
「玲司が悪いと思う」
「俺が?」
何となく、本当に何となく、ふたりに昨夜のことを愚痴ると真顔で咲人が答える。
俺何かおかしかったか?強引だった?一緒に寝るかって気持ち悪い?いやでもそんな拒否られる程では……ない、と思うんだけど。
「凜ちゃんに訊いちゃだめ」
「……は?」
「訊いたところであの子が選べる訳ないでしょ」
「選べない?」
性格でわかるでしょ、と咲人が眉を顰めた。
「〇〇する?じゃなくて、〇〇したい、とか、✕✕と△△どっちにするかとか、断定したり選択肢をはっきり作るかしないと凜ちゃんは選べないよ、遠慮しいだもん」
そうでしょ、という咲人に、まあ確かに、と納得してしまう。
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