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 ◇◇◇  迎えに行った警察署は家からは少し遠くて、つまりそんなところまで全部歩きか交通機関を使ったのかは知らないが、結構な距離を移動した凜の華奢な躰は相当疲れていたのだろう、もう少しで家に着く、というところで意識を落としてしまった。  俺に抱えられるのは嫌かもしれない、と思って、一応名前を呼んでも軽く肩を揺すっても起きない。  勿論そのまま車に寝かせて置く訳にもいかず、ごめんと聞こえないのに声を掛けて、シートベルトをそっと外し、凜を抱える。  ……軽い、内臓入ってるのか、と思ってしまい、そういえば凜が自分の前で何か食べてるのを見たのは咲人と琉がタコパだと押し掛けてきた時だけだと気付いてしまった。  流石に食べてないことはないと思う、鍋に入ったひとり分ではないスープや味噌汁、シチューなんかは続けて出されることもなく、この子の性格からして、捨てる訳でもないだろう、多分としか言えないけど。  でももし食事をしづらいと思ってしまっていたのなら、と考えて首を振った。  いや、今度から一緒に食卓につかせよう、あと何回それがあるかはわからないけど、ここにいる間は。  すうすうと聞こえる寝息が苦しそうではなくてほっとしてしまう。どんな夢を見てるのかはわからないが、悪夢でなければいい、と思う。寝顔が余りにも幼く見えるから。  そのまま部屋へ戻って、ベッドに寝かせ、ぎゅうと強く抱えたままの鞄を剥がし、布団を掛ける。  一連の流れで起きなかった凜に、やはり疲れていたんだろうな、とまた実感してしまう。  そのまま部屋を出るか、見張った方がいいか迷ったけれど、あの様子だともう自殺だなんだと騒ぐことはないだろう。  俺に見張られていても気分良くないだろうし。  あ、でも位牌、位牌くらいはこの鞄から出しておこう。そう考えて小さな鞄を開き、手を突っ込む。  机に起き、手を合わせる。向こうはお前に手を合わされたくないと思ってるかもしれないけど。  それから……身分証がないと警察官が言っていた、財布が空だとも。  こどもの持ち物のような安そうな財布を開くと、確かに小銭が少しと、後はうちの近くのスーパーの会員カードと銀行のカードくらいだった。後はレシートが幾つか。  免許はないとして、保険証もないのか?  首を傾げて財布を閉じ、それをまた鞄に仕舞う。  小さな鞄に入っていたのは、あとは何か……小さな、薄汚れた冊子だけ。  もしかして、と思い開く。やっぱり小さなアルバムのようなものだった。  ページを捲ると、予想通り、そこには仲の良さそうな親子の写真が並ぶ。  赤ちゃんを抱えた若い夫婦、何かを食べさせている母親、肩車をしている父親、入園式と書かれた立て看板の前に並ぶ親子、ケーキの生クリームを口周りにつけた小さな子の頬を優しい顔で拭う母親、父親と一緒に並んで寝ているこども。  本当に小さな、薄いアルバムだ、今時電子で残すひとも多いが、初めての子なら分厚いアルバムを作る親も多いだろうに。  ……こんなに愛おしそうに笑う両親なら尚更。 「あれ……」  残り数枚というところで手が止まった。  今までの写真は親子ばかりだったのに、その写真にはこどもが並んでいて、そこには俺の家族も写っていたから。勿論、小さい頃の俺も。  兄と姉も笑顔で写っていて、その俺の横にいる小さな子には見覚えがある気がした。さっきから写っている子と同じだ、なのにやっとそこで、あれ、と思ってしまう。  次のページには、頬を寄せて写っている俺とその子。抱っこでもしているのだろう。  背景に写っているのは実家だった。  いや、おかしいことはない、今でこそ仕事人間で殆ど家に帰らない親父は、俺達が小さな頃はよく休みの日に人を招いていた。面倒だわ、と母親がぼやく程。  部下や取引先、学生時代の友人、凜の父も知り合いで良くしてもらっていた、と凜自身が言っていた。  だからうちに遊びに来ていてもおかしくない。  なんというか、面影がないわけではないけど、写真の子はふくふくとした、こどもらしい柔らかそうな頬をしている。だからかな、今の、幼く見える割に細く骨っぽい凜と結びつかなかったのは。  俺がまだ10歳にもなってない頃だと思う、凜も小学校に上がり立てくらいかな、多分。何度かうちに来ていた。  子連れで来る家族だっていたけど、その中でこの子は特別だった気がする。  少し年の離れた兄と姉にそれなりに甘やかされて育った俺には新鮮な、かわいらしい、理想の弟のような子。  俺の玩具を壊したり、姉のお尻を触るようなくそガキじゃなくて、大人しくて、でもよく笑う子で、俺の後をついてくるような、こどもながらにこの子には優しくしなくちゃ、と思うような子だった。  そんな子だったから、いちばん歳の離れた兄はともかく、姉もかわいがりたいようでちょっかいを掛けてくるものだから、折角俺がお兄さんになれる日なのに姉に取られてしまうのが嫌で、自室に凜を連れ込んだりもした。  それから暫くして、うちでごたごたがあって、父親もひとを呼ばなくなり……俺が知らない間に凜は事故にあって、両親を亡くしたんだろう、時期まではわからないけれど。
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