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箸を進めてみたけど、やはり味だって、料理としては普通。普通としか言いようがない。
彼女や友人の家で食べる食事のような、不味くもなく、普通に美味いよ、でもまた作ってとお願いする程ではない、というレベルの。
特に言及する訳でもなく黙って箸を口に運ぶ俺に、心做しか凜の表情はほっとしたように感じた。
やりづらさを感じるのは、あの、凜のまだどこか幼さを感じるところがあるからだ。
身の上や立場からいって、普通の同い年の子達からするとしなくてもいい経験や仕事をさせられていただろう。その分大人でもある筈。
なのに、顔立ちはともかく、時折見せる表情や仕草がこどもっぽいのは、例えば反抗期や、友人との関わり、そういう心を育てる経験がなかったからかもしれない。
やさぐれても仕方のない境遇なのに、演技でないというのならば、まだ純粋な気持ちがあるようだ、やはりこどものような……
いや、そんなことを考えて絆されるんじゃない、騙されるな、アイツらは平気で嘘を吐いたり演技をするんだ、騙されるな。
……それに、食事より、俺は必ず訊いておきたいことがあるのだ。オメガが居るなら確認
は絶対に必要だ。
「……次のヒートはいつ?」
「えっ、ひ、あ、えっと、二ヶ月後、くらい……です」
「わかった」
「……ごめんなさい」
こんな短いやり取りに当然のように謝る凜に、やっぱり少しくらい、は胸が傷んだ。
◇◇◇
「まじで親父さんオメガ連れて来たんだ」
「まじでだよ」
「かーいそ」
「ほんっと迷惑」
「お前じゃなくてオメガの方な」
「……」
睨みつけると肩を竦める琉は高校からの友人で、俺と同じくアルファで、高校卒業時に既に番を作っている。
たまに漏らされる惚気には辟易するが、嫌な訳ではない。
友人が幸福だと感じるならそれをどうこう言うつもりはない、俺は俺に寄りかかるオメガが嫌なだけだ、パートナーがいるオメガは別にどうだってよかった。
実際、琉の番の咲人は同じ高校大学で、紹介されて以来友人として付き合っているし、咲人だって俺のオメガ嫌いを知ってるが気まずい思いをしたことはない、初めの時以外は。
「咲人居なくて良かった」
「何でよ、今風邪でうーうー唸りながら家でひとり寝てるのよ、かわいそーじゃん」
「だってぜってーうるせーし」
「そらそーよ、俺だって酷いと思うもん、同じオメガからしたらブチ切れ案件だよ、玲司間違いなく縁切られてたね」
米粒のついたままの箸で指すな。
わかってんだよ、そんなことは。わざととはいえ俺だって流石にしまったと反省したんだよ。
「まあお前がオメガ嫌いなの知ってて連れてきた親父さんも悪いけどさ」
「だろ」
「なんか理由知んないの?」
「俺んとこが丁度いいんだろ?姉貴んとこでもいいと思うんだけどさ」
「お姉さん既に番いたりして」
「聞いてないし」
「お前にだけ内緒かもよ、煩そうだし」
「……ひとのとこには口出さねーよ」
「俺等にはそうだけど、家族になるかもしんないんだからさ、番なら姉さんも言いづらいんじゃない」
「……」
「まじに取るなよ」
苦笑しながら箸を進める琉を苦々しげに見遣り、自分も目の前のスプーンに手を伸ばす。
昨晩、朝食は米とパンどちらがいいか、弁当はいるか確認をされた。
面倒臭いな、と思いながら、朝食は軽くパンでいいこと、昼食は学食に行くから用意しないで構わないことを伝えて部屋に戻った。
ほんの少し、安心したような、少し寂しそうな幼い表情にまた胸が傷んだ。
人選が悪い。あんな……やりづらい子。
溜息を吐く。
あのぎこちない無理矢理作った笑顔に出迎えられることを考えると、帰りたくなくなる。
自分の家なのになんでそんなことを考えないといけないのかと思うと腹立たしいが、アイツに言っても仕方ないのもわかってるし。
今日は琉は、授業が終わればさっさと帰るだろう、熱を出して休んでる、愛しい番の元へいそいそと。
どこかに付き合ってくれる気もなければ、咲人の見舞いも断られるだろう。
事情を知らない誰かといるのも何だか面倒くさくて、……自分の家だし、今日は帰るけど、でも堪らなく嫌な気持ちになった。
◇◇◇
「おかえりなさい……!」
想像していた通り、ぎこちない、張り付いた笑顔が俺を迎えた。
ご飯にしますか、お風呂にしますか、なんてどこの新婚家庭かというような、でも実際甘い空気なんてどこにもない訳で、ぶっきらぼうに風呂、と言う俺に、慌てた声がはい、と頷く。
ひとりならだらだらとしていたのに。その気を遣われる生活も煩わしい。
わざわざそんなに出迎えなくていい?
出迎えなければお前の仕事は何だと思うのに?
食事でも風呂でもどっちが先でも構わないだろう?
訊かなければお前が決めるなと思ってしまうのに?
張り付いた笑顔を見せるな?
無表情なら家政婦のする顔かと思うだろうし、綺麗な笑顔なら嘘臭いと思うだろうし、心からの笑顔ならこいつ頭大丈夫かって思うだろうに?
結局何をしても駄目。
俺にとってはこの子がオメガなだけで、それだけでもう少しも受け入れること等出来ないのだ。
ああ早く、
……俺がもっと最低なことをする前に出て行ってくれないかな。
そういう考えをしてしまうのが、中途半端なんだろうけれど。
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