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「じゃあ一緒に寝るか、じゃだめってことかあ」
「おれがさみしいから一緒寝て~!がいいかな」
「それはふざけてるってわかるぞ」
「まあおれならそう言うけどね」
「お前と俺を一緒にするな」
「咲人のお強請りはかわいいもんね」
「ね~♡」
目の前で繰り広げられる甘い光景は……役に立たない。
琉と俺も、咲人と凜も性格が違い過ぎる。
「でもまあ正直な話」
ストローを咥えて、急に落ち着いたように咲人が口を開く。
「あの子に甘えられるの、玲司は難しいかな」
そう言って意味ありげに笑った咲人は、どれだけ訊いても理由を答えはしなかった。
◇◇◇
数日後、検査結果の件で連絡が入り、今度は凜とふたりだけで病院へ向かった。
前回、食事の帰りは助手席に座ったけれど、シートベルトを締める手つきが慣れていなかった、そりゃそうだ、まだ二回目だったから。
今回はスムーズに出来て、それに満足そうに頷いていた凜に、そんなことで、と思いつつも、かわいいもんだと思ってしまう。
そんなこと、とはいえ出来ることは増えた方がいいもんな。……いやかわいいな、これくらいで何かご褒美あげたくなっちゃうなんて俺は凜のことをいったい幾つだと思っちゃってるんだろう。
病院に着いて、凜に確認するとひとりで話を聞けるという。多分俺が前回挙動不審だったのを察したもあるかもしれない、母の話はしていないし。
悪いけどほっとしてしまった。
本当は俺も話を聞いた方がいいのかもしれない。でも強ばった表情で傍に居られても医者もやりにくかろう。
向こうは慣れてるかもしれないけれど。
暫く待合室で時間を潰していると、お待たせしました、と凜が戻ってくる。
隣にある薬局で薬を受け取り、どうだったか訊いてみると、様子をみましょうと言われたとのこと。
実際に出された抑制剤があうかどうか、使ってみなければわからないからと。
「……それで大丈夫なのか?」
「前使ってたやつよりはあうんじゃないかって」
「先生大丈夫か?」
「優しいです」
「そう……」
出た、優しい。
俺にだけは優しくされたいと言っていた、と咲人は言うけれど、結果的に俺以外が凜に優しい。
俺だけが上手くできない。しているつもりなんだけど、それでも、自分ですら下手くそだなってわかる。
優しく話そうとしても声質は柔らかくないし、優しく触れようとしても、触ることすら躊躇ってしまう。
何かをしなくていいよというのはするなと捉えられてしまうし、すきなことをしていいよという意味で言っても「しろ」という意味で捉えられてしまう。
「次は九月だっけ」
「あ……はい……そう、そうです」
「夏休み終わる頃かあ」
次回のヒートが来るのは、まだ暑い時期だ。
三ヶ月なんてあっという間に来るんだろうなあ。
「夏休みきて混む前に行くか、平日とか」
「……?」
「動物園」
「!」
助手席でもわかる。一瞬でぱあっと明るくなったのが。そんなに楽しみなのか、動物園が。
咲人の言う通り、こどもっぽいチョイスにこどもっぽい反応。喜んで貰えてるなら嬉しいけど。
そんな笑顔になるなら早く連れて行きたくなるじゃないか。
「来週にでもいこっか、俺の講義ない日」
「いいんですか?」
「こないだもいいよって言ったじゃん、まだ悩んでるの?」
「贅沢だなあって」
「動物園なんてそんな高くないよ、入園料」
「……楽しみです」
俺も動物園なんて久し振り過ぎて何があったかすらよく覚えてない。覚えてはないけど、でもお土産コーナーはある筈だから何かぬいぐるみでも……いやいやもう高校卒業した子にぬいぐるみはない、でもボールペンやキーホルダーもいらないし、お菓子だけってのも色気がない。
かわいいと思うんだけどな、動物のぬいぐるみ持ってる凜……いやこどもの頃の凜しか出て来ないんだけど。
「咲人さんたちも行くんですか?」
「え、咲人?……呼んだ方がいい?」
本当に仲良くなっちゃってまあ。嬉しいし微笑ましいけれど、少し妬いてしまう。
兄や姉にも妬いていたけれど、それ以上に複雑な気分。懐くのが早過ぎるし、……咲人を呼ぶなら琉もセットだ。
「あ、いえ、この間会った時、夏休み遊ぼうねって言って下さったので……まだ夏休みじゃないけど、そうなのかなって」
「あいつ抜け目ないな……声掛けてないけど、凜が一緒に行きたいなら……咲人と琉も合わせるなら土日かな」
「だ、大丈夫です」
「じゃあ声掛けとくわ」
「あっ、大丈夫なのはそっちじゃなくて」
丁度赤信号で停まったタイミングだった。
そっちじゃなくて?と、隣を見れば、俯いた凜の頬と耳が少し紅い。
「あの、咲人さんたちがいるのも楽しい、けど、」
玲司さんとお出掛け出来るのが嬉しいので、とぼそぼそ話す凜に衝撃を受けてしまった。
嬉しいのか、俺とふたりで出掛けるのが?つまらないんじゃなくて?そんな照れたように話す程?俺自身つまらない奴だって思っているのに?
「俺とふたりでいいってこと?」
そう訊くと、凜は小さく頷いて、それでは運転中の俺に伝わらないと思ったのか、はい、と震えるように口にした。
……見えてますけど。ちょいちょい俺の庇護欲を刺激してくるのを止めてほしい。
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