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 ◇◇◇  彼との日々に特段変わったことはない。  朝起きて、静かに出された朝食を食べ、大学へ向かい、帰ると夕食と風呂を済ませ、寝室で課題やだらだらネットやゲームをして過ごし、寝る。  今までリビングで過ごしていた時間が寝室になっただけ。  凜とは特に深い話をしていない。  追い出したい相手にする必要はないと思うし、中途半端に知ってしまうのは却って良くないと考えたからだ。  素人のお手伝い程度だった家事は、ひと月もすればある程度許容範囲になったし、食事の好みや、俺に対するタイミングも合ってきたように思う。  陰気臭いオメガが居るというだけで、それ以外は気にならなくなってきた。まあそのオメガが居るということがいちばんのストレスなんだけれど。 「玲司んち行きたい」 「は」 「たこパしよたこパ」 「……んなプレートねえけど」 「久し振りに宅呑みしよ」  ぐい、と近付いてきた綺麗な顔を片手で避けると、それでもめげずに大きな瞳で覗き込んでくる。  ここまで近付いても嫌悪感の湧かないオメガは今の所咲人くらいのものだろう。  何故なら鬱陶しいくらいに相手の惚気を聞かされ続け、自分へ向けられるものがそういう感情でないと安心出来ているから。  琉の番である咲人は、琉以外にはわかりやすい程適当だ。  琉相手には尻尾を振ってるのが見えるというのに、それ以外にはすんと落ち着いた表情と態度を見せる。  そんな咲人は、琉から凜の話を聞いてからだろう、やたらとうちに来たがる。  多分同情だ。俺がオメガ嫌いなのを知ってるから、同じオメガの凜のことを気にしてるんだと思う。会ったことすらないし、俺もそんなに咲人には話をしてないというのに。 「前はよくやってたじゃんか」 「じゃあ琉んちでいいじゃん」 「……玲司おれの言いたいことわかっててそう言ってるでしょ」 「……」 「ね、悪い子じゃないか見てあげるから」 「占い師みたいなこと言うな」 「お好み焼き焼こ」 「……」 「ね?」  いつもは俺にここまで執着しない。助けろと思いを込め琉を見遣れば、にっと笑って、俺も呑みたい、と抜かす。  ふたりの魂胆が見えすぎてて嫌だ。  俺と凜の仲を取り持とうなどしないでほしい、そう思うんだけど。 「たこ焼きプレート持ってくから!」 「結局たこ焼きなのかよ……」  じゃあ明日ね、と押し切られて、いいよと快諾なぞしてないというのに、ふたりから眩しい笑顔を向けられてしまった。  ◇◇◇ 「って訳で明日俺の友人が来るから」 「え、あっ、はい……」  今日の夕飯はとんかつだった。綺麗なきつね色で、中も生焼けになることなくからっと揚がっている。料理の腕は着実に上がってきているのが何だか……気に入らないっちゃ気に入らない。  ソースは胡麻とおろしの二種類。ネットや冊子で毎回作り方を検索しているらしく、俺の反応をいつも窺っていた。ちょっと鬱陶しい。  正直家での食事にそのまで頑張らなくてもいいのに、と思ってしまうけれど、これが彼の仕事なのだ。  そんな凜に簡単に説明をすると、そのままの真面目な顔で頷く。 「……あの、」 「なに」 「ぼく、どうしたらいいでしょうか」 「は」 「何か作ったり……とか、あの、部屋から出てこない方がいいとか、外に出てた方がいいとか」  おずおずと口を開いた凜にびっくりした。  友人が来るから家政婦のお前が料理を作れ、はまあともかくとしてだ、友人が来るからお前は顔を見せないようにしろ、だなんて発想はなかった。  どう生きてたらそんな卑屈な発想に、と考えて思い出す、凜はオメガで、親戚だかどっかの家でこどもの頃から小さくなって生きてきたということを。  知り合いに見られないよう部屋から出るな、外に出ていろというのは実際に言われたことがあるのだろうか。外に出ていろとか、どこに居たんだろうか。 「……」  頭が痛い。  本当になんでこの子は、……こんなにやりづらいんだ、凜を連れてきた親父にある意味正解だよと言ってやりたい。  もっと飄々とした奴なら、もっとわかりやすくアルファを漁りに来たような奴なら、俺だってこんな罪悪感を持たなくてすんだのに。  おどおどきょろきょろした視線が落ち着かなくて、こちらの出方を窺うように下から下から口を開く。  未だにたまに指先は震えていて、声も消えてしまいそうで。  泣きそうな顔をしている癖に、笑顔を張り付けて、仕事だと割り切るように俺に接しようとする。  でもまだ高校を出たばかりのこどもでもあって、切り替えが全然上手くない。  ……本当に、こんなところに来るべきではなかったと思う。  俺じゃなくて、例えば琉だったら、きっともっと優しく出来た。  咲人がいてもいなくても、番にはならなくとも、俺よりはきっと上手くいった。  姉貴でも兄貴でも、きっと。  なんで俺なんだろう、親父なら会社の若いのにでも預けることは出来ただろうに。  考えうる人選で、俺に預けるのがいちばん最悪な選択だったと思う、のに。  ◇◇◇ 「……まじで持ってきたの」 「たこパしよって言ったじゃん!」  夕方、出迎えた咲人はしっかりたこ焼きプレートを持参していて、その後ろで材料の入った袋を手にした琉は愛おしそうに咲人を見ている。俺にとってはもう見慣れた光景だ、たこ焼きプレート以外は。  おじゃましまーす、と明るい声を上げて、咲人は誰よりも早くリビングに向かった。
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