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「一緒に寝よっか!」
「えっ」
「あ、嫌ならおれは他所で寝るし大丈夫、凜ちゃんが寝付くまでお話してていいかな」
「え、えっ……」
「嫌?」
「……いや、じゃな……う、嬉しい、です……けど、」
「嬉しいっかあ、そっかあ!」
アルコールの入った紅い頬で破顔すると、咲人はがっしりと凜の肩を掴み、凜ちゃんの部屋どこ?と訊く。
躊躇いがちに指さす凜に、背後から琉がおやすみ、と穏やかな声を掛ける。
嫉妬深いと思っていたのだが、同じオメガ……というか、相手が幼く見える凜だからか、琉はあっさりとしたものだった。
「いいのか?」
「咲人ヒート終わったばっかだから大丈夫だよ」
「……凜のは教えてないけど?」
「お前の反応でわかるよ、まだ大丈夫なんでしょ」
よく見てること。
ぐいとグラスを空にして、自分でウイスキーと炭酸水を注ぐ。
レモンを入れてからからと氷を掻き回す音に、玲司は止めないの、と琉が訊いてきた。
……ああなった咲人が止めても止まらないことは琉がいちばん知っているだろうに。
「別に……何かあったらあったでそっちに引き取って貰うし」
「はは」
笑いながらも、絶対にそれはないとわかっている顔だ。
「咲人はちゃんと自分のことわかってるし……俺じゃないと辛いのは咲人だしね」
「……あっそ」
「まあそこまで考えなしじゃないよ、それより問題は凜ちゃんの方かな」
「は」
「すぐ落ちそうだなって」
「……」
「今までどんな扱いだったかわかっちゃうね、かわいそう、でもほら、今日は楽しそうだったでしょ」
「……」
「玲司は反省しな」
「……だから他所に行った方が良いって言ってんだろ」
他所のアルファに紹介するのって、どうやれば良いんだろう。
正式な紹介所もあるが、ああいうのは本人でないと登録出来ないし、身元がちゃんとしてなければ上手くいかないことが多いと聞く。
両親も大分前に亡くし、子供も産めないんじゃ上手くいかないどころか、紹介すら難しいだろう。
親父に相談出来れば良いんだろうけど、まあ無理だな。
……何か、凜がしでかしてくれたらそれを理由に、俺には無理だからと親父に話を持って行けるんだけど……
「なあ、凜ちゃん良い子じゃん、お前の嫌ってるオメガとは違うだろ」
「……ここに来てから発情期まだ来てないだけだろ」
「今までもヒート関係なかったじゃん、そんなにさ」
「……」
「番になってやれとは言わないよ、簡単になられても傷付くのはアルファじゃなくてオメガの方だからね、でも少しくらい優しくしてもいいじゃん、雇い主としてさ」
「雇い主は親父だし……それにアイツら、すぐ調子乗るじゃん」
「そんなの、ひとによるよ」
「相手によるんだよ」
そう、アイツらは『相手』を見る。
そこら辺にいるベータではなく、アルファを、よりスペックの高いアルファを選んで自分を売り込みにくる。
生存本能だと言われたこともある、でもそれなら俺じゃなくてもいい筈だ。
今まで話したこともなかった奴が、相手が決まりかけていた奴が、抱け、番にしろと寄ってくるのは、俺のスペックに眩んだからだ。
大企業の次男、偏差値の高い大学、恵まれた容姿、それだけ。
中身なんて知らなくて構わない。番にさえなれば、子を産めば、後々の面倒は見てもらえる。
そんなのが透けて見えるのが堪らなく反吐が出る。
「お前、オメガさえ絡まなければ良い奴なのにね」
「……良い奴なら何がなんでも追い出したいなんて思わないよ」
「頭かったいんだよなあ」
「うるせーな、早く潰れろ」
「玲司の方が弱いじゃん、はよ寝な」
「うるせー……」
確かに頭が回らなくなってきた。
俺だって別に嫌な奴になりたい訳じゃない、凜がオメガじゃなければ、ベータなら、可哀想だなって、良い子じゃんって、他に行くとこなければ別にうちにいてもいいよって、ゆっくり探しなって、思うよ、言うかもしんないよ、でもオメガだから……
──そうだよ、そうやって、区別して差別して、オメガの癖にって線を引きたいのはアルファの俺なんだ。
◇◇◇
翌日、昼過ぎに目を覚ました時には琉も咲人も帰った後だった。
言っていた通り、綺麗に片付けまで済ませて。
水を飲みにキッチンへ行くと、これ、と二日酔いの薬を凜に渡された。多分琉にでも言われたんだろう。
薬に罪はない、そのまま受け取って水で流し込む。
その日はそのままずっと寝てるから、と伝えて、寝室から出ることはなかった。
夜中に風呂に入り、キッチンに行くと、食べられそうだったら食べて下さいとメモとラップをされたおにぎりと卵焼き、鍋の中に豚汁を見つけた。
……受験生の母親か。
二日酔いなだけで、体調が悪い訳ではない、素直に腹が減ったので、温めて、キッチンで立ったまま口に運んだ。
どれも今更失敗しようのないメニューだと思う、普通に美味い。
卵焼きも、豚汁も優しい味だ。丁度良い。おにぎりも焼いた鮭がごろっと入っていて、おかずが少なくても満足感がある。
卵焼きの少し辛めの甘くない味付けも、おにぎりの具も、俺の好みのものだ。きっとこれは最初にうちの実家で習ってきたものなんだろう。食わせる相手の好みを。
俺なんかの好みを。何だか胸の奥がぎゅっと締め付けられるような……そんな気分だった。
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