622人が本棚に入れています
本棚に追加
「私達はたまたまアルファに生まれて、そのことで得た恩恵も大きい、大き過ぎるわね、でも努力しなかった訳じゃない」
「……」
「オメガだって、努力したってどうしようも出来なかったことがある、それはベータだってそう」
そんなのはわかってる、わかってるけど。
「本能で惹かれることもある、それであんたが嫌な目にあったのも私だって忘れてない」
それでも、と姉は続ける。
「あの子は何か、あんたにした?」
もう一度。
「あんたはちゃんと、話をした?してないでしょう?ねえ、あの子のことわかってあげる気、なかったでしょう?」
「何で……わからなきゃ」
「お父さんが何であんたに預けたかわかってないの?」
「それは……兄貴には家族がいて、姉貴は番なんて作って……親父んとこにももうオメガがいて」
「それは全部そう、そうだけど、あんたに預けなくたって、他にもどうにかしようはあるでしょう」
「何だよ、なんで皆して俺とオメガをくっつけようとすんの、俺嫌いだって言ってんじゃんか!」
「……私、あんたをそんなにひとの心を考えられないような子に育てたつもりじゃなかった」
結芽の手を握って、ぽつりと呟く。
わからない。
俺のことをわかっていて、そう言うのが、わからない。
「……もういい」
「玲司」
「帰る」
「帰るの?本当に?」
「……」
「ねえ、様子を見てあげて、……きっと、凄く、辛いから」
荷物を持って、姉の変わってしまった家を出る。
帰るとは言っても、当然ヒート中の凜がいる家に帰る訳にもいかず、琉のところ、とも考えたが、咲人の反応を考えるとうんざりしてしまって、結局ホテルに向かう。
最初からそうしとけば良かった。親父にばれたって、それが何だ。
呼んだタクシーに揺られながら瞳を閉じる。
ずっとずっと、真っ黒いものを抱えてるようで、気持ちが悪い。
そう、ずっと、気持ちが悪いんだ、気持ちが悪くて、それから、罪悪感だって、ずっと。
自分で言うのもなんだけど、小学生の頃から割ともてた。
でもその頃はよく話すからとか、格好いいからとか、足が早いからとか、そんな淡いもので、悪い気はしなかったけど、小学生男子に恋愛はまだ早くて、付き合うとか、そんな先に進むことはなかったし、相手もまだかわいいものだった。
おかしくなったのは中学に上がってから。うちの兄弟は全員アルファだったし、特徴からして俺もアルファだと言われてはいた。それが検査ではっきりとしてしまった。
告白される回数は段違いに増えて、オメガやベータ、性別関わらず、同級生下級生、上級生から更に高校生、大人まで。
悪い気はしてなかった筈なのに、段々こわくなってしまった。皆目がおかしいから。
皆、俺じゃなく、アルファとして見ている。それに気付いた時、トイレに駆け込んで嘔吐した。
運命の番なんて夢見てた訳じゃない、本当に有り得るかわからないような、それくらい珍しい、御伽噺のようなものだと知っていたし、それより何より、オメガが狡いことなんて、もっと前から知っていた。
知っていたけど、それは、あのひとがそうだと思っていただけで、オメガ全員がそうだとは思ってなかった、まだ。
少し前まで性別で違いなんてそんなにないと思っていた、仲良くしていた奴の目の色が変わった。
挨拶しかしてなかったクラスメイトの目の色が変わった。
部活の先輩の目の色が変わった。
通学路で会うだけだった同じ学校としか知らない奴の目の色も、学校で擦れ違ったことがあるだけの奴も、良く行ってたコンビニのバイトも、全然俺が知らないひとも。
告白だけなら良かった、ちょっとした罪悪感と気まずさ、それでもお互い納得出来たから。
でも段々、周りがおかしくなって、結婚してほしいとか、番にしてほしいとか、子供だけでいいとか、
見た目はそこそこ成長していても、男子中学生なんてまだ心が育ち切ってなくて……特に俺は兄と姉に甘やかされて育った自覚もあって、末っ子気質が抜けなくて、恋愛ですらまだぽやぽやしたものだったから、急にそんなことになってしまって、頭が混乱した。
結婚って、番って、子供って、そんな簡単に決めること?俺まだ中学生だし、相手だってそうだし、あれ、なんでそんな顔で見るんだ?こわい、こわいこわいこわい、きもちわるい。
服を脱いでのしかかってくる相手を突き飛ばしてしまった。
その時の相手は女子だった。
たまたまだった、相手が男の時もあったから。
でも女子だったから。男の俺の力で簡単に飛んでしまって、がん、と鈍い音がして、それから、血、そう、血が出て。
暫く呆然としてしまって、それからはっとした。
違う、俺は悪くない、勝手に乗ってこようとしたのを押しただけ、襲われたのは俺だ、でも怪我をさせたのは俺で、男だから、アルファだから、違う、力が強かっただけで、怪我させるつもりなんかなくて、でも気持ち悪いと思ったのは本当で、でも、待って、血、どっから血は出てる?頭?頭はやばいんじゃないかな、誰か、誰か呼ばなきゃ、待って、俺は悪くない、俺は、でも怪我させたのは俺で……
言い訳のようなことをずっと考えていた。
その内音からか言い争いの声からか、誰かが呼んだのか先生が来て、俺と彼女を教室から出して──
その後、彼女の両親が泣きながら謝りに来て、……ふうん、親もオメガなんだな、って思って……やっぱり、オメガなんて碌なもんじゃないって、わかってたじゃないか、あの時からずっと。
それから中学を転校して、でも噂は回るもので、オメガを怪我させたらしいよ、と。そんな噂だけで、いや、尾ひれもついていたけれど、俺に近寄るオメガが減ったのを快適だとすら思うようになったのだった。
最初のコメントを投稿しよう!