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1.壁ドンは今時効果的か
気がついたらAIくんに壁際に追い詰められていた。
いや、追い詰められたというか、これはいわゆる壁ドン的なことをされているのではないだろうか。
飲み過ぎたせいで霞みまくっている視界に手を焼きつつ、深島七生は彼を見上げる。
津田光。通称、AIくんを。
一か月前に七生の部署にアルバイトとして入ってきた彼と七生は、今、飲み屋の片隅、トイレの前で、なぜかほぼゼロ距離で向かい合って立っていた。
「ええと、ごめん。津田くん。その、君はなにを……あ、あれか? 今日注意したことが気に入らなかったとか。いや、でもだからって暴力は……」
「暴力ではないです。調べてみた結果、効果的と判断し、こうしています」
本当にAIのような淀みのない回答が返ってくるが、説明されても意味がまったくわからない。
「効果的とは……なにに……」
問いかけたとたん、津田が珍しく狼狽した。だがそれも数秒、見事に復旧を果たした津田は淡々としたいつもの声で言った。
「七生主任。好きです。僕と付き合ってください」
正直、なにがどうなってこうなったのかわけがわからない。いや、なんで、と言いかけたとき、フロアの方から、七生さーん、と自分を呼ぶ声が聞こえた。
「はい!」
とっさに返事をしたと同時に、こちらを見下ろしていた津田の顔がぱあっと明るくなった。
デフォルトが無表情の顔に、唐突に咲いた笑顔の花。
普段とのギャップに度肝を抜かれている七生の顔の横からすうっと腕が引かれる。元通り背筋を伸ばした立ち姿でこちらを見下ろした津田は、整った唇に笑みを浮かべ、七生にこう囁いた。
「ありがとうございます。これからよろしくお願いいたします」
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