20人が本棚に入れています
本棚に追加
2.彼がどう思っているかは
七生が主任を務めるコールセンターでは複数の企業から多種多様な電話業務を請け負っている。
架電業務ではアポイント取り、各家庭への意識調査アンケート、墓地など高額商品のセールスといった業務を行う。
受電においては通信販売の受付、スマートフォンの操作方法のガイド、プリンター機器のリース契約に関する相談などなどだ。
BtoC、BtoBもどちらも請け負っているし、その案件ごとに用意されたマニュアルは膨大で、正直、主任などと呼ばれている七生だってミスをすることは珍しくはない。
だが、AIくんこと津田は入社一か月にして担当業務をすべて完璧にこなしていた。
それを可能にしているのは、彼が有している一度目にしたものを瞬時に記憶できる、瞬間記憶能力の存在が大きい。
すごすぎる! 天才だ! と皆、その能力を羨ましがっていたものだが、津田本人はそれをどう思っているのか、七生にはよくわからない。てきぱきと仕事をこなし続ける津田の端整な横顔に笑顔が浮かぶことは皆無だったし、彼が仕事以外で声を発することもまたなかったからだ。
ただ、すっと切れた一重瞼や歌舞伎役者を思わせる凛とした佇まいで日々の業務を淡々とこなし続ける彼にも弱点はあった。
仕事は完璧なのだ。だが、彼には感情と呼べるものがほぼ感じられなかった。
「津田くんってさ、あれだよね。なんていうかAIチャットみたいなのよ」
「ああ、わかる。一通りのことはこなせるけど、なーんか他人事っていうか」
「ありがとうございましたをあそこまでマニュアル感出して言える人、初めてみたわ」
センター内の女性たちは皆、彼の見た目や頭の回転の速さに入社当時こそ沸いていたものだったが、徐々にこんな陰口をたたくようになった。
確かに津田の接客には問題がある。事実、クライアントからクレームが入ったこともある。しかし誰にだって向き不向きはある。悪気があるわけでも怠慢だからでもなく、そもそもの本人の気質かもしれないのだから仕方ないだろう、と七生は思っていたが、実際にクレームが入ってしまっているとなるとそんな悠長なことも言っていられない。結果、津田に接客をしっかり教え込む必要ありと判断した上層部により、七生は津田の教育係を命じられた。
津田への指導は難航した。
「声ってさ、不思議と顔が見えなくても相手がどんな表情をしているか伝えてしまうものなんだよ。今の津田くんの顔だと相手に硬い印象を与えてしまう」
「しかし、顔ばかり笑顔を作ったところで声質まで変わるでしょうか」
「ありがとうございましたという言葉はただの台詞じゃないよ。彼らの電話があるからこそ僕らの給料も支払われる。そのことを思えば自然と言葉に気持ちは乗るはずなんだ」
「でももしもそうならば、ありがとうございました以外の言葉でも問題ないということになります。なぜありがとうございました、なのでしょう」
しかし。
でも。
なぜ。
お前は三歳児か!と怒鳴りたくなったこともしばしばあった。
けれど七生は津田を叱ることはしなかった。
納得しなければ、明確なデータがなければ動けない。それもまた彼の個性なのだろうと思ったし、納得さえできれば彼は教えたことを確実に吸収してくれたからだ。
そう、それこそAIみたいに着実に進化してくれる。
津田は扱いにくい部下ではあったが、育てがいのある部下でもあった。
だから決して嫌いとかそういうことではない。ないが、しかし。
「付き合うって。好きって。えー……」
なにがどうなって、彼の中で好きと七生が結びついたのだろう。
思い返してみてもわからない。一つあるとしたらあれだろうか。
最初のコメントを投稿しよう!