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3.きっかけ
数日前、受電業務をする彼の横で同じように仕事をしていたときだ。マニュアル対応完璧の彼が珍しく詰まった。
彼はマニュアルを細部まで熟知し、忠実にこなせるが、臨機応変な対応が苦手なところがあった。とっさに七生は手元の自身のモニターからチャット画面を開き、津田に向かってメッセージを送った。
──もし対応難しいならこっちに回してくれていいから。ひとりで対応しなくていいからね。
数秒後、電話対応を続けながら津田がメッセージを送り返してきた。
──どうしてそんなに優しくしてくださるのですか?
どうして?
いや、仕事だし、特別優しくした覚えもない。ごくごく当たり前のことを言っただけのつもりだ。首を捻りつつ、七生は返信した。
──困っているのかと思ったから声をかけただけだよ。津田くんはあまり人に頼らないけれど、ときには頼ることも大切だと思うよ。
そうして津田の受けていた電話を引き継いだ七生が対応を終えて、画面上で通話を切り、ヘッドセットを外したときだった。
「七生主任、ありがとうございました」
彼のほうに首を巡らせた七生の目に、ほんのりと口角を上げてこちらを見る津田の顔が映った。
いくら教えてもマニュアル感が抜けず完全機械音声だった「ありがとうございました」にはっきりと色がついた瞬間だった。
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