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5.大声
そんなことは、と言いかけた七生の声に複数の声がふいにかぶさってきた。無人だった休憩室に人が入ってくる。各々弁当箱やコンビニ袋を持った女性スタッフが数人、フロアの一角、ちょうど七生たちのいる自販機スペースの裏側に陣取るのが見えた。
「面接また落ちちゃったあ」
「え、そうなの? それはきついね」
「ここ社員で入れないかな。もうそれでいいや」
「どうだろ。ここほぼ派遣とバイトじゃん? 社員募集はしてないんじゃないの?」
「そっかあ……。あー、七生主任が羨ましい」
突然聞こえてきた自分の名前に心臓が跳ねる。話を続けている彼女たちからは、こちらの姿は自販機のせいで死覚になっていて見えていないらしい。さてどうしたものか、と思い悩んでいる間にも話は続く。
「七生主任? え、あの人がなに?」
「知らないの? あの人、コネ入社なんだよ。社長の甥だとかで」
「あー、そういえば社長の苗字、深島だっけ」
「だからあの人、苗字じゃなくて名前で呼ばれてるんだよ。社長の関係者だって周りに気を使わせないようにって上からの命令で」
「なにそれ。コネもたいへーん」
「でもいいじゃん。恵まれててさあ。苦労しないで就職できて、主任だから手当もあって。羨ましい」
ああ、またか、とどこか冷めた気持ちで七生はテーブルに置いていた紙コップを手に取る。
陰でそう言われることには慣れていた。
もともとはこの会社ではなく、ちゃんと就職するつもりだったのだ。けれど大学在学中、就職活動をどれほどしても七生は内定をもらえなかった。
何社受けても何社受けても、届くのはお祈りメールばかり。
七生が希望していた出版業界が不況のせいも確かにあったかもしれない。けれど狭き門というだけではなく、もともとのスペックが足りていなかったのだろう、と自らを七生は分析している。なぜなら出版業界が全滅だった後、出版とは縁遠い業界に方向転換をして就職活動をしても七生に微笑みかけてくれる企業はただの一社もなかったのだから。
結局、卒業を間近にしても一社も内定を取れなかった七生を見るに見かねた叔父が、このコールセンターに社員として迎え入れてくれた。それから五年、必死に仕事をしてきたつもりではあるが、コネ入社はコネ入社だ。彼女の言うことにはなんの間違いもない。
仕方ないことなのだ。けれど少し、やはり心は折れそうになる。
人は頑張ったところなど見てはくれない。圧倒的に目を引くコネ入社という事実こそが彼女たちに見える自分の評価で……。
「七生主任、僕はあなたに感謝しています」
深い諦めの沼に落ちかけた七生の耳に突如として大声が響き渡る。ぎょっとして目を上げると、先ほど同様頭を下げた格好の津田がいた。
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