6.想いと過去

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6.想いと過去

 なにを、と言いかけた七生の前で頭を下げたまま、津田は続けた。 「僕は皆からAIと呼ばれるほど融通が利きません。型通りの対応しかできず、愛想もなく、クレームを生んでしまってもいました。僕自身、そんな自分に問題があるとずっと感じていました。でも、どうしていいかわからなかった。直したくて多くの方に教えを乞いましたが、納得のいく教えは得られず、しつこくすればするほど遠ざけられた。でも……七生主任だけは見捨てずにいてくれました」  さらさらと流れるように津田は言葉を紡ぎ続ける。あっけに取られている七生の前で頭を下げたまま、彼は朗々とした声で続けた。 「僕にとってあなたは最高の上司です。誰が何と言おうと僕はあなたが」 「ちょ、ちょっと待って」  慌てふためいて七生は津田の肩に手をかける。そうっと自販機の向こうを窺うが、話し声は聞こえてこない。そろそろと首を伸ばしてそちらを覗くと、気まずそうに弁当箱を片付け席を立とうとする数人の女性の姿が見えた。  ふうっと肩から力が抜ける。ずるずると椅子に座りこむ七生の前で、津田はまだ頭を下げている。その彼の肩を七生はそっと押した。 「もういいよ。ありがとう。気を使わせたね」  それでも津田は顔を上げない。もういいって、と苦笑した七生の耳に、申し訳ありません、と囁く津田の声が聞こえた。 「僕にはどう言えば七生主任の気持ちを楽にしてあげられるのかわかりません。こんな方法しか思いつかなくて、本当に申し訳ありません」  そう言われた瞬間、なぜか少し、目頭が熱くなった。  彼はAIくん、などと呼ばれている。ああ、彼の行動はいつも突飛だし、自分のデータにないこととなるとフリーズしてしまうようなデジタルチックなところが確かにある。  でも、彼はAIじゃない。自ら率先し、人の気持ちに寄り添おうとする。誰かのために胸を痛め、頭を下げることができる彼は、やはり人であり、揶揄されていい存在ではない。  何より彼は……表面だけで人を判断せず、自分の目で見たものを信じて行動ができる人だ。  七生のことも、見てくれた。 「ありがとう。津田くん」  まだ頭を上げようとしない彼の肩を軽く押すと、彼はゆっくりと頭を上げた。その彼の目を見て驚く。少し、赤かった。 「本当は飲み会の日、告白するつもりはなかったんです。でも言わずにいられなかった」 「どうして」  あの日、なにかあったろうか。首を捻る七生に津田は一度唇を噛んでから告げた。 「七生主任が」 「え、僕が?」 「酔って言っていたから。『たまに辞めたくなりますよ』って」 「……ああ」  確かに言った。仕事の愚痴が飛び交う中、同僚のひとりに言われたのだ。「七生さんが笑顔でないところ見たことがないですねえ。こんなストレスたまる仕事しててよく笑っていられますね」と。嫌味でもなんでもなくただの感想だったのだろう。いつもなら「いやいや、疲れることもあるしいつも笑顔じゃないですよ」とか適当に言って終わりのはずだ。だがあの日は思った以上に飲んでしまっていて、つい本音が出てしまった。  辞めたくなる、なんて、本当なら言うべきではなかったのに。  叔父の好意で入社を許された自分が、言って良い言葉でないとわかり過ぎるくらいわかっていたのに。 「どうかしてたな。なんかあのときはちょっと……」 「僕には本心に思えた」  苦笑交じりの七生の言葉を津田が遮る。彼は小さく呼吸を整えるようにしてからまっすぐに七生を見据えた。 「僕には瞬間記憶ができます。皆は便利だと言うこの能力ですが、必ずしもいいことばかりのものではありません。特に見られて困るものがある大人にとってはそうだったようで、僕の両親は僕のこの能力のせいで離婚しました。父が隠していた愛人との密会に使ったホテルのレシートを僕が記憶していて、それを意味もわからぬままに母に伝えてしまったせいで」
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