サマーサイド

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サマーサイド

まったく!うちのずぼらな父さんときたら 来週の日曜日が、母さんの誕生日で ある事をすっかり忘れている。 あとで母さんのご機嫌をとる僕の苦労も 考えて欲しい。 「父さん、今回のは貸しだからね! ZXボックスの新しいソフト一本だからね!」 「おう!わかった。」ドライバーズシートに射す陽射しが、初夏を名残惜しむ ようにまぶしい 陽射しのせいで助手席から父さんの顔は 見えなかったが、どうせ聞いていないの だろう。 適当なお店のパーキングに車を止めて 僕たちは買い物を初めた。 「だから!その色は母さん嫌いでしょ! いつだったか買って帰ってえらいことに なったじゃん!」 「そうだっけ?」 父さんはかなりめんどくさそうに 色々商品を手に取っているが まったく集中していない プレゼントは心を渡すものなんじゃないのかなぁ? そう僕が思っていると 「なぁプレゼントってのは心を渡すもの だから、この辺で良くないか?」 「ちょっと!!母さんへの父さんの心ってのは妥協と適当なの!!せめてこのぐらい のものでないと!」 何とかずぼらな父さんを誘導して レジを通り抜けた時には午後3時を 少し過ぎていた。 「おぅ買うもん買ったしお茶にしよう」 結局、僕が選んだんでしょ! ただ一服したいだけだ。 我が父ながら不真面目さに泣けてくる。 女性へのプレゼントは、嫌がる人は ほぼ皆無。色々と生活して行くうえで 母さんの機嫌が良いにこしたことないのに 色々、不満タラタラな僕だが 父さんの案内のままに喫茶店に入った えっ!僕は軽く驚いた。かなり小ぢんまりとした店だが、天井が高く閉塞感がない そしてただよう良いコーヒーの香りに 耳障りしない程度にジャズが流れている。 父さんは旨そうにタバコをくゆらし ながらコーヒーを飲んでいるが その灰皿はカキか何かの貝殻が使われていた。 「良くこんなに趣味のよい店知ってたね」 「まぁ昔し良く来てたからな」 「誰?元カノとか?」イタズラっぽい 笑顔でそうかえそうとしたした時 後ろから爽やかな柑橘系の香りとともに 落ちついた女性の声がした。 「久しぶりね」僕は振り返る勇気を 持ち合わせてはいなかった。 さっきまで雰囲気の良い喫茶店が 触れてはいけない空間 来てはならない場所に足を踏み入れた そんな嫌な汗をうっすらとかくような 気分になった。 「本当に久しぶりだな。まっ座ったら。」 「良いの?息子さんと一緒でしょ」 「まっ良い社会勉強だよ。こいつには」 その存在感が薄く消えいり そうだが、限りなく上品で歳を重ねた 美しさを持った女性と父が懐かしみながら 過ぎた時間の話しに夢中になるのを 暗く深い海に落ちていくような 気分で聞いていた。 しばらく話していると父がトイレに 立った。僕は意を決して彼女のほうを 見て一生懸命聞き出そうとして 口から言葉が出ない! くっくっと女性は喉を鳴らして しどろもどろな僕を見ていたが、 急に凛とした表情になり 短く告げた 「大丈夫よ。ただ、あなたのお父さんに 出会った夏は全てを焦がすほど 暑かった。もうあんな夏は来ないわね。 だから、大丈夫!」 女性はイタズラっぽく笑った。 僕は青空から急に落ちた雷にうたれた ようにその後何も言えなかった。 喫茶店を後にして帰路につくために 父が運転している 「父さん・・・どうしたら、あんな夏を 過ごせるの?」 父は少しの間僕をルームミラー越しに 見つめて口を開いた。 「そいつは、お前が楽しみにしていた。 ZXのソフト一本や二本まけてくれた ぐらいじゃ教えられないなぁ。」 僕は初めて父が渋い男のようにみえて 何かを学びたいと思った。
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