2.到着

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2.到着

 最寄りのバス停から歩くこと二十分。ようやく、目的の村に辿り着いた。  村内にバスは通っておらず、人家のある場所に限れば端から端まで歩いても三十分かかるかどうかという小さな村らしい。真ん中に広場、そこを囲むように集落があり、あとは鬱蒼と木々が茂る山々が四方に存在している。いわゆる、盆地というやつだ。  盆地は夏の暑さが厳しいとは聞いていたが、確かにむしむしと暑い。昼の一番暑い時間帯に歩いたせいかもしれないが。 「とりあえず、村長のとこに行こう。俺たちが泊まる宿を教えてもらわないと」  この旅行、彼にとっては里帰りで間違いないのだが、鬼柳家自体はすでにこの村にはない。鬼柳の高校進学を機に、便利な土地を求めてご両親ともども都会に引っ越したらしいのだ。まぁ、ここまで不便だと生活も大変だろう。実際に訪れてみれば、きっと誰でも実感する。  近年、同じような家庭が増え、今も村に残っているのは骨を埋めるつもりの年配ばかりらしい。限界集落というやつだ。  そうなると、いろいろと問題が出てくる。その一つが夏祭りだった。  祭り事などの行事を執り行うには、どうしても若手が必要となってくる。当日はもちろんのこと、年寄りだけでは準備すら満足には行えない。かといって、伝統ある祭りを絶やしたくはない。  その解決策として、帰省する村人用にいくつか宿が用意されたのだという。古民家をリノベーション。限界集落でも、最近の流行りは届いているようだ。  僕たちは、その一つを借りて宿泊する予定だった。鬼柳のご両親が今年は不参加を決め込んでいるらしく、僕と鬼柳だけで一棟を借りるらしい。どの古民家を誰が使うかは村長が決めているため、挨拶も兼ねて家に伺う予定だった。  到着した村長の家の前には、車が一台停まっていた。ナンバープレートには、ここからは離れた都市名が書かれている。  そういえば、同い年の幼馴染みは車で向かうんだって、と鬼柳が電車で話していたことを思い出す。彼も友達を連れて来るとのことだった。どうやら、先に着いていたようだ。 「いらっしゃい。遠路はるばるよう来てくれた。暑いじゃろう、早く中に入りなさい」  玄関で出迎えてくれたのは、甚平姿の老人だった。サンタクロースよりは短い白い髭が特徴で、口調はRPGなどのゲーム内にいる長老そのものだ。じゃ、の語尾で喋る人、本当にいるんだ、というのが第一印象。  そんな村長に通されたのは、床の間のある広いお座敷だった。六人ほどが座れそうな座卓の一辺に、スポーツ刈りでガタイの良い男とふわふわの髪を明るい茶色に染めた可愛い雰囲気の男が並んで座っている。 「電車とバスの乗り継ぎ、大変だったんじゃないか?」  そう言ってこちらに軽く手を上げたのは、大柄な男のほうだった。彼が幼馴染みなのだろう、鬼柳が気安い態度で応じる。 「友樹(ともき)、久しぶり。電車楽しかったよ」 「あぁ、お前らどっちも鉄オタだったっけか。よかったな、まそら。相手、ちゃんと連れてこれて」 「……うん」  どこか言葉を濁すような鬼柳を不思議に思うものの、問いかける前にもう一人の青年に話しかけられてしまった。 「初めまして! オレ、豆原(まめはら)(たく)。みんなより一つ年上で、トモくんの恋人なんだ、よろしくね! あ、トモくんは鬼武(きぶ)友樹がフルネームでね、無愛想に見えるけどすごくいい子なんだー、仲良くしてあげてね!」  いきなりの明け透けで勢いのある自己紹介に面食らいつつ、僕も名前と鬼柳との関係性を伝える。すると、豆原はこてり、と首を傾けた。 「友達?」 「はい」 「ともだち……」  そう呟きながら、彼は鬼柳のほうに視線を向ける。豆原の疑うような眼差しを受けた鬼柳は、困ったように眉を下げていた。 「トモくんから話は聞いてるよ、鬼柳くんだよね。初めまして。ねぇ、もしかして彼に何も話してないの? 祭りのことも、儀式の内容も? っていうか、そもそも君、彼とは、」 「拓先輩、ストップ」 「……よくないと思うんだけどな、オレ」 「こいつらの問題だから」  矢継ぎ早に質問を繰り出していた豆原は、鬼武に窘められても納得がいかないとばかりに眉を顰めている。というか、彼の意味深な発言を他の二人は理解していて、僕だけが何もわかっていないという状況だ。  これはさすがに、鬼柳を問い詰めてもいい流れだろう。疎外感もすごいが、それよりも拭えない不穏さが漂っていることのほうが問題だった。彼は明らかに、大事な説明をしないまま僕をここに連れてきている。  ホラー案件は苦手なんだ、勘弁してくれよ。そう祈りながら鬼柳に話しかけようとしたドンピシャのタイミングで、一度外していた村長が戻ってきた。  空気読めよ爺さん、と相手にとっては理不尽な要求を喉元で食い止め、出された麦茶を遠慮なく飲み干す。暑さと変な緊張で、カラカラに喉が乾いていた。潤いと冷たさのおかげで、ささくれ立っていた心が少しだけ落ち着く。  飲み終えたあと、もしかしてこれ飲んじゃいけないやつだったのでは? と疑ってしまったのは、話の流れを考えれば仕方ないことだと思う。村長も飲んでるから大丈夫なはず。多分。  テーブル越しに向かい合って座っている僕たちとは垂直となる一辺に、村長は腰を下ろした。いわゆるお誕生日席というやつだ。彼の話はちょっとした祭りの説明と宿泊先の案内くらいだろうから、その後すぐにでも鬼柳に質問しないと。そう意気込む僕の耳に、衝撃的な言葉が飛び込んできた。 「いやしかし、まそらにも友樹にも無事にまぐわう相手ができて、本当によかった。ワシもこれでひと安心じゃ」
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