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(良かった、とりあえず、まだ生きてる)
やはり男はその道のプロではなかったのだろう。邪な想いで私に触ろうとしなければ、魔法石は力を発揮しなかったハズだ。
中途半端な力だな、と思いつつも、このピアスのおかげで助かった。
でも、手を縛られている状態では、立ち上がることもままならない。日が暮れる前に、街道まで戻りたい。
ふと、少年が残していったナイフが目に留まる。あの刃をどうにかして、手首を刃に添わせ、皮膚を切らないように気をつけながら紐を切る。
ギリ、ギリ、ギリ、何とか、1本だけでも切ることが出来れば。
男の縛り方は適当だった。ようやく紐が1本切れると、その後はパラパラっと解ける。
(よしっ、できた!)
自由になった手で、口を縛っていた紐を解く。
「ハァ、ハァ、ハァ、助かった」
まだ、安心できないけれど手も足も口も、自由になったのだ。街道からもそれほど離れていない。
私は立ち上がると、迷子にならないように少年の折った枝を探しながら歩き、街道へ向かって歩いて行く。
しかし薄暗い森の中で、木の根に躓いた私は大きく転んでしまう。
「いっ、痛い」
思わず手をつくが、そこも木の根が張っていて腕に擦り傷を作ってしまう。
転んだ時に足を捻っていたのか、右足の足首が痛い。骨が折れていないと思うけど、これでは長いこと歩けないだろう。
引きずるようにして、少年の残していった枝を探す。日が暮れかかっている。何とかして、街道に出なければ。
痛む足を庇い、ゆっくりと歩いていく。
(どうして、私、こんな目に合わないといけないの)
どうしても気分が塞いでしまう。このまま森を出ることが出来なかったらどうしよう、、このまま、もうウィルティム様に、ウィルストン殿下に会えなかったらどうしよう、
ほんの少し前までは、王宮にいたのに。会おうと思えば、会うことが出来たのに。もっと素直になって、会っていれば良かったのに。
最後に会った夜会でのダンス。彼と踊った時、嬉しそうに口角を上げていた殿下。もう、踊ることもできなくなってしまうのか。
(ダメ、前に、前に進まなきゃ)
殿下に貰ったピアスを思わず触る。まるで殿下が傍にいるように、私を守っているピアス。
気力を振り絞り前に進む。こんな時でも、少年が渡してくれたナイフと、折った枝に助けられている。
前に、前に進まなきゃ。
歩き続けるとその先に森が開け、街道が見えてくる。
(良かった、街道に出られた)
ホッとした安心感と、もう痛くて歩けないという思いが重なり、私は街道で座り込んでしまう。マズイ、と思ったけれど、私はそこで意識を手放し道端に倒れてしまった。
暮れかかっていた日は、もう落ちる寸前だった。
「ディリス、何かわかったか」
彼と合流した俺は、急ぎウィルティムの姿となってマルーン市場に向かった。
「いや、どうやら、人混みに紛れていたようだな」
目撃情報があれば、少しは追いかけるヒントになるのだが、どうやら、ここではこれ以上の情報が得られないだろう。
「しかし、リアリムはどうしてこの市場に来たのだろうな」
「あ、あぁ、一度、二人でここに来たことがある」
もしかすると、リアはあの日を思い出していたのかもしれない。あの、甘酸っぱい二人の初めてのデート。
「ここで、二人で串刺し肉を食べたんだ」
あの時は、淑女らしからぬ仕草で豪快に肉を頬張る彼女に驚いたが、嘘のない笑顔が可愛くて、俺は彼女の笑顔をずっとみていたいと思ったのだ。
あの日はずいぶんと遠いようだが、まだ数日しか経っていない。
「リアリムが、串刺し肉ですか、アイツ、本当に何でも食べるな」
「あぁ、驚くことばかり言っていたな。インフレとか、貨幣価値がどうのとか」
二人で、リアリムの規格外の行動や言動を思い出す。
「ウィル、リアリムは意外と行動力がある。ただの淑女じゃないから、一日や二日、野宿になろうが生き延びるタフさがある。信じよう」
ディリスもつらいだろうが、彼は俺を慰めるかの如く、肩に手を置いた。
「あぁ、そうだな」
苛立つ気持ちを抑えるが、俺の脳裏には彼女の笑顔ばかりが思い出される。それは甘い感情を伴うハズが、今は痛みしか湧き上がらない。
彼女の笑顔をもう一度みたい。この手に、もう一度抱きしめたい。
あの夜、この手は確かに彼女の細い腰を掴み、己の滾る想いを何度もぶつけた。これでいいのか、と思いつつも差し出された身体を拒むことなどできなかった。
今も、彼女の胎の中には芽吹いた命がいるのかもしれない。いや、いて欲しい。そうすれば、思い切った彼女のことだ、俺との婚姻も気持ちを切り替えて進んでくれるだろう。
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