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卑怯かもしれないが、どうやってでも彼女を手放したくはない。
だが、今は感傷に浸る時ではない。俺は意識を切り替えると、リアリムを攫った犯人を捕まえるべく聞き込みを続けた。
その時、粉屋の親父がピンク色の髪の少女を覚えていた。
「あの可愛いお嬢さんか。あぁ、あんたはあの時一緒にいた騎士様だね、覚えているよ。小麦粉を買ってくれて依頼、何度か配達しているからね」
市場の角に位置する店にいた親父に、昨日の昼間にリアリムをみなかったか、聞いてみる。
「昨日も彼女が一人で来たのだが、みなかったか?」
「昨日か、ちょっと待ってくれ、おーい!」
粉屋の店主は、妻らしき人物と話をすると、彼女は要領を得たのか「ちょっと待っててよ、騎士様。今、近所に聞いて回ってくるよ」と言い、ささっと店を出てしまった。
「アイツの方が、噂話を集めるのが上手いのさ、騎士様たちは目立つから、ちょっと待ってくれよ」
「かたじけない、本当に助かる」
今は、この市井の人たちが支えてくれることに素直に感謝する。一刻も早くリアリムを見つけ出し、また彼女とこの市場を歩きたい。
僅かな足跡をたどるため、俺とディリスは再び来ることを伝え、一旦市場を後にした。
「いたた、あぁ……私? ここ、どこ?」
見上げた天井は、見たことのない装飾がされている。明らかに貴族の客室と思われるその部屋は、豪奢ではないが明らかに質の高い木材が使われている棚が置かれていた。
最後の記憶は、街道沿いに出たところで終わっている。その後、どうやって私はこの館の、このベッドに寝ていたのだろうか。
どうやら、痛めた足の手当てがされている。足首には包帯が巻かれ、腫れを抑える薬が塗られていた。
王宮を出た時に来ていた簡易な服も、どうやら脱がされて上質な寝間着になっている。ここに連れてきてくれた方がどういった方かわからないけれど、私は助かったのだ。
ほっ、と安堵の息を吐く。
ここがどこかわらかないけれど、丁寧な手当に貴重な品も置いてある部屋に寝かされていることを思うと、地方の貴族の方が私に気づき、拾ってくれたのだろうか。
「助かった……」
足首を捻ったこと以外に、身体に不調はない。声も出るし、目も見える。
私が起き上がったことに気が付いたのか、扉をコンコンと叩く音がする。
「失礼するわね」
女の人の伺う声に安心して、「どうぞ」と伝えると扉を開けて入って来たのは、彼よりも幾分青みのある銀色をした長髪の婦人が顔を出した。
「あぁ良かった、目が覚めたのね。貴方、丸二日も眠っていたから、良かったわ」
私が起きて、目を開けていることを本当に嬉しい、といった風に見つめるその瞳の色は、とても珍しい緑色をしている。
「あの、ここは」
掠れる声で聞くと、その婦人は丁寧に説明してくれた。
「ここはね、花の都といわれる街よ、ご存知かしら? で、私はメイティーラと言うのだけど、メイ、と呼んでね。あぁ、今お医者様を呼んでもらうわ。貴方が目覚めたら、知らせることになっているの」
「それは、ご丁寧にありがとうございま、す」
不安だった心を落ち着かせるその優しい言葉に、ふと心が緩む。気が付けば私は涙を一つ、流して喉を詰まらせていた。
「貴方、事情があって、あの街道にいたのでしょうけど、まずは、ここで落ち着いてね」
「は、はい、あの」
「いいのよ、まずは休んで頂戴」
夫人は私から事情を聞きたいと思っていたのであろうが、突然涙を流し始めた私を気遣って、今は休むように、と言葉をかけてくれた。
攫われた時は、感じていなかった恐怖が身体を襲う。もし、彼らが殺しのプロだったとしたら。もし、彼らが逃げる際に足の筋を切っていたら。もし、思い起こす想像は、恐怖ばかりで身体が震える。
でも、そうした危険からは魔法石のピアスが守ってくれて、街道に出た私を助けてくれた方がいた。
私は生きている。そのことに安心して、大きく息を吸い込む。そして、ハアッと吐いて気持ちを切り替える。
二日も意識を失っていたとなると、王都では心配をかけているだろう。
その時、私が初めに思い浮かべたのは、ディリスお兄様でもお父様でもなく、騎士姿のウィルティム様でもなく。
アメジストの瞳を細めて心配そうにしているウィルストン殿下の姿だった。
「ウィル、少し休め」
翌日になってもリアリムの足取りは一向に掴めなかった。もう既に二晩が過ぎた。今、彼女がどこで過ごしているのかわからないことが、俺を不安にさせる。
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