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連絡が遅くなったのは、彼女がしばらく名前を伝えなかったから、とある。
「名前を言わなかったとは、どういうことだ?」
嫌な予感がするが、ディリスはとにかく確認することだ、と言った。
「ウィル、お前が迎えに行って欲しい」
「ディリス、お前は行かないのか?」
神妙な顔をしたディリスは、俺に手紙を託しながら口を開く。
「俺は、王都で犯人を追うことにする。リアリムの迎えは、ウィル、お前の役目だ。お前が行かないなら、俺が行く。だが、俺が帰ってきても、お前は二度とリアリムの前に姿を表すな」
ディリスは今までになく真剣な顔で俺に迫る。その彼に、俺も真剣に答える。
「わかった、俺が行く。リアリムは、俺が迎えに行く」
力強く答えると、ディリスは頷きながら俺に伝えた。
「もう、妹を泣かせるな。もし、お前を見て泣くようなら、俺が行くからな」
「ディリス、余計なことを考えるな。出るぞ」
俺は早駆けできる馬を指示し、外套を羽織る。花の都であれば、3時間も駆ければ到着するだろう。
俺は大きく息を吸うと、リアリムのいるであろう邸宅を目指して駆け出した。
私は、リハビリを兼ねて侯爵邸の庭園を散歩していた。今は花の咲き誇る季節なので、色とりどりの花が植えられている庭園は、とても美しい。
「リアさん、貴方を知っている方が訪ねて来たけれど、ウィルティム様と言う騎士の方。案内してもいいかしら?」
メイティーラさんが、声をかけてくれた。名前を伝えたので、いつか、誰かが迎えに来てくれると思っていたけれど。まさか、彼が来るなんて。
「えっ、彼が来たのですか? ウィルティム様が?」
「あら、やっぱりご存じなのね。とっても素敵な騎士様ね、では今案内するわ」
そう言ったメイティーラさんは、使いの者に伝言すると、私の近くに寄って囁いた。
「リアさん、悩んでいることは分からないけれど、素直になってね」
伝言が伝わったのか、背の高い騎士が走ってくるのが見える。漆黒の髪をなびかせているのは、ウィルティム様だ。
「あぁ、リア! 良かった、無事で」
私の姿を見た彼は、安心したように言葉を吐いて、そしてメイティーラさんの方を向いてお辞儀をした。
「騎士のウィルティム・ドルスと申します。この度は、私の婚約者であるリアリム嬢を助けていただき、ありがとうございました」
「ま、まあっ、婚約者でしたの? そうでしたか、良かったです」
ウィルティム様は私を婚約者と伝えた。その方が、迎えに来た理由になるからだろう。ちょっと驚いたけれど、その方が話が通じると思った私は、訂正もしないでいた。
「侯爵夫人、少し、リアリム嬢と二人で話をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「え、ええっ、そうですわね。リアさん、大丈夫?」
「はい、メイティーラ様。ありがとうございます。少し庭園をお借りします」
私がウィルティム様を見つめる目が優しいのを見て、メイティーラ様は人払いをしてくれた。
私たちは、お互いに目を離すことができずにいる。
「ウィル、貴方が来てくれた、の」
ようやく出た声は、掠れている。
「リア、君に、触れてもいいか?」
きっと慌てて馬を駆けてきたのだろう、埃まみれの外套と、汚れた手袋をしたままの彼。そのことにも気づかないで、ウィルティム様は私をそっと抱き寄せた。
「あぁ、少し、痩せたか? もう、足の方は大丈夫なのか? 怪我をしたと聞いたが」
他に怪我をしたところは? と言って私を確認するように見つめるウィルティム様。
「ウィル。貴方の方が、酷い姿をしているよ。目の下に隈まで出来て、いい男が台無し」
ふっと笑うと、ウィルティム様もふわりと笑う。そこでやっと、自分が埃だらけであることに気が付いたようで、外套を取り外す。
「あそこにある、東屋に行こうか。歩くのは、大丈夫か?」
うん、と頷くと彼の手をとって、東屋に行く。ウィルティム様は外套の内側を表にして、そこに座るように敷いてくれた。
「リア、良かった、本当に。もう、俺の前から消えないでくれ」
そう言って私を抱き寄せて、髪を撫でる。ずいぶんと心配させてしまったようだ。
「心配かけて、ごめんなさい、」
抱き寄せられている私には彼の服しか見えない。でも、その吐息から彼が少し涙ぐんでいるのがわかる。
「ウィル、私」
すぐに無事であることを知らせなかったのは、私の我儘だ。余計に心配をかけてしまったことを、やはり心苦しく思う。
「いいんだ、君がこうして無事に生きていることがわかったから」
そう言って、ウィルは私の顔を見つめながら、顎を手で持ち上げた。
「キスしても、いいか?」
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