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最後に夕食を一緒に、と言われた私たちであったが、私が必要以上に疲れるといけないので、とウィルティム様は丁寧に断りを告げた。
「またぜひ、侯爵夫妻とは一緒に晩餐を共にしたいです」
そう告げると、「ではその機会に」と言って二人と別れた。
もう、足の調子は良くなったと伝えても、ウィルティム様は私を横抱きにして移動した。
「ウィル、ウィル、恥ずかしいよ、大丈夫だよ。私、杖があれば歩けるから、」
「リーア、俺が杖替わりだと思えばいいよ。それに、知っているかい? 新しい家に入る時、夫は妻をこうして横抱きにして入るのがこの街の言い伝えだよ」
そんな、新婚家庭であれば可能だろうけど、と思いつつも、そう聞くと嬉しくてポッと頬が染まる。
邸宅で身体を洗って来たのであろう、ウィルティム様からはスッキリとした柑橘系の香りがした。
「リア、あぁ、待ちきれないな。でも、先に何か食べよう。寝室に用意させるから」
馬車に乗っても常に身体のどこかが密着している。指を絡めて私の手を握り締める彼の手を、私もギュッと握ると、蕩けるような視線が降りてきた。
邸宅に着くと、そこに急遽集められたメイド達に支度を言いつける。護衛の為の騎士も揃っていた。準備の早さに驚くと、「こういう時こそ、身分に役立ってもらわないとね」と彼は答えた。
これではまるで、二人きりで過ごすプレ・ハネムーンみたいだ。
終始ご機嫌な顔をしたウィルティム様を見上げながら、私も嬉しくなって期待でドキドキしている。
ほんのちょっぴり、攫われて良かったのかも、と思ってしまう私だった。
「なんだか、風のように去ってしまいましたね。あなた、」
「メイ、寂しいのはわかるよ。君はとても丁寧に対応してくれたから、ね」
侯爵夫妻は慌ただしく屋敷を後にした二人を思い出す。
「でも、良かったのでしょうか。騎士様の身元など、確認しませんでしたが。あなた、何かご存じなの?」
メイティーラとしては、可愛がっていた娘が急にいなくなってしまった感傷に、ついつい文句を言いたくなった。
「メイ、あのお方達のことは、今は詮索してはいけないよ。本当に、未来の国王、皇后陛下になるかもしれないとは、とても思えないけれど」
最後の方は、妻に聞こえないようにゴウ侯爵はぼそぼそと呟いた。
たまたま、街道に気を失って倒れていた女性を助けたつもりが、まさか、第一王子の意中の女性であったとは。女性の実家に便りを出したつもりが、まさか王子本人が迎えに来たことも驚きだった。
二人の様子をみると、どうやら両想いであることは間違いない。お互いを見つめ合う瞳は、信頼しあっている者同士が醸し出すものだった。
きっと、近いうちに慶事として知らせが来るだろう。その時に、メイティーラには彼らのことを知らせようと、普段は無表情なゴウ侯爵は、口角をニッと上げて、その時を楽しみにすることにした。
「リア、ようやく二人になれたね。もう、身体の調子は、大丈夫か?」
ウィルティム様の用意してくれた邸宅に用意された部屋で、私は今なぜか彼の膝の上に横になって座っている。
「あのね、ウィル、私、普通に椅子に座って食べたいよ?」
目の前のワゴンに用意された食事は、美味しそうに湯気をだしている。
「恋人同士は、こうして食べ合うものだと聞いた。ほら、口を開けて」
ビーフシチューらしきものをスプーンですくって、口元に運ぶ。美味しそうなその匂いに、思わず口を開けるとウィルティム様はスプーンを入れてきた。
「ん、美味しい!」
よく煮込まれている。本当に、こんな短時間でよく準備できたものだ。
「では、次はコッチだよ、ほら、どうぞ」
フライドライスだろうか、少しパサッとしているけれど、この世界では珍しいお米。正直なところ、お米というだけで嬉しい。
もう、二人だけなのだから、恥ずかしいけど、とりあえず忘れて食べさせてもらう。
「あっ、すごい、美味しい! お米だぁ~」
感嘆の声を上げると、ウィルティム様も嬉しそうに眼を細めて私を見つめている。
「良かった、喜んでくれて。急だったが、ホテルに依頼して人を回してもらったが、腕はさすがだな」
思わずウグッと飲み込んでしまう。
「ウィル、もしかして、ホテルの人を呼んでいるの?」
「あ? あぁ、本当は丸ごと呼ぶつもりだったが、流石にお祭り前で予約がいっぱいだったらしい。そのため、一部になったが、それでもいいスタッフが揃っているようだな」
きっと、ウィルティム様のことだから、高級ホテルだろう、な。私たちのためだけに、と思うと申し訳ない。
「ウィル、明日はじゃぁ、外で食べよ? レストランとか、行ってみたいし」
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