辞令交付式

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辞令交付式

 四月一日の朝。結衣は大輔と地下鉄に乗っていた。 「凄い人だね」  結衣は目を丸くしながらつり革に捕まっていた。 「ちょうど通勤と通学の時間帯だからな」  大輔もつり革に捕まりながら答えた。 「やっぱりここは大都市なんだね」  結衣も故郷である市では中心地の方に住んでいたが、地下鉄は通ってなかった。 「今日は辞令交付式があるから市の施設に行くけど、学校は電車じゃ行かねえだろ?」 「うん、自転車かな」 「自転車、家から持ってきたのか?」 「ううん、買いに行かないと。それまではバスかな」 「お前って足あるの?」 「車のこと?」 「ああ」 「車は実家に置いてきたよ。公共交通機関でも生活は何とかなるかなって」 「確かに何とかなるけど、自転車はさすがにねえとな。いつ買いに行くんだ?」 「今度の週末かな」 「俺、付き合ってやろうか?」 「え?」  結衣は驚いて大輔の顔を見た。 「俺、車あるし」 「大ちゃん自分の車を持って来たの?」 「親のお古だけどな」 「い、いいよ、悪いし」 「俺も買い足さなきゃならねえもんあるからホームセンターとか行きたいし。ついでだよ」 「で、でも…」 「決まりな」 「……ごめん」 「いいって」  大ちゃん相変わらず親切だ。あの後もLINEで『困ったことないか』ってメッセージを送ってくれた。  ………私は未だにあの時のことを謝れてもいないのに…  それに大ちゃん格好いい、スーツ姿も決まってる。  彼女さんいるのかな?でも聞くのも……  じっと見つめる結衣に大輔が吹き出した。 「何?」  「いや、お前のスーツ姿、馬子にも衣装だなって」 「わ、悪かったわね」 「結衣って小五からそのまんま大きくなったんだな」 「え?」 「いや、俺の想像通りだったからさ」 「私、童顔じゃないけど」  結衣は膨れ面で言った。 「いや、結衣って大きくなったらこんな感じかなと思ってたら、その通りだったから」  大輔は少し微笑んで結衣の頭をポンポンと叩いた。  …やっぱり大ちゃんに見下されるのは慣れない。  結衣は言い返すのをやめて大人しく乗っていることにしたのだった。
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