月の日に

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月の日に

「月が綺麗だねぇ」 「知っているかい、もっとずーっと昔はね、月が今よりも近くで見えたんだ。こんなに遠くじゃなくてね……」 廃れた風車の近くで初めて会った時、彼はどこか遠くを眺めながら、私にこう言って笑った。諦めと少しの希望を纏った、美しい目をしていた。 碧色のその目には、どうしようもなく寂しさを蘇らせるような煌めきがあった。 黒のベールで覆われた空に、満月より少し欠けたくらいの月が煌々と輝いている。 こないだまで色んな星を飛び回っていたのに、全世界を巻き込んだ宇宙戦だったのに、結局地球にいるんだなぁということを思わせる。 「人間を消すために造られたんですよ、私」 彼はふっと笑った。 「だけどその割に、僕に近づいて何もしないんだ」 「いや、その」 「まぁいいや、世界はもうすぐ終わるみたいだし、僕たち以外誰もいないんだし」 そう、世界はもうすぐ終わる。 今この世に生きている生命体はもしかしたら、私たちだけなのかもしれない。そういうレベルだ。 「生き残っちゃったんでしょ、不幸にも」 彼は目を閉じながら、はっきりと言った。 憂いを帯びた彼の姿が、私には美しく映っていた。今までに見た中でも、一番美しく。 「まぁ、そうですね。あの戦いの中生き延びた私たちって凄いですよね。いっそのこと、一緒にいなくなってしまいたかった」 少し声が震えた。 その瞬間、突如何かが視界を遮って、被さってきたのが分かった。 「えっ」 彼は私を抱き寄せて、こう言った。 「もう何も怖くない。世界が終わったとしても、僕たちは大丈夫」 初めて会ったのに、突飛なことをする人間だ。 「私、あなたのこと何も知りませんよ。こんなことをしていいのですか。私は人間でもありません。造りものですよ」 「ん、そんなこといいんだよ」 彼は言ってくれた。心の底からの言葉だと思った。 そしてもっと、強く抱きしめる。あたたかくて、優しい。人間ってこんなにあったかいんだ。私だって、体温を感じることは出来る。 初めて知った。こんなこと、マニュアルには載っていなかった。 この世に生を受けて、よかったかもしれない。不思議とそう思うことが出来た。
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