これはきっと

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これはきっと

それは突然のことだった。 「っ……!」 声にならない彼の吐息が刹那、私の造りものの耳に届いた。 彼は立ち止まった。そして崩れ落ちる。 気が付くと彼の足元には、小さな水溜まりができていた。 彼の目からさらさら、さらさらと水がとめどなく溢れていた。 彼の涙。初めて見た。 「沙耶、沙耶、沙耶。どうしたら…っ…あぁ、あぁ、沙耶。沙耶。沙耶…沙耶っ……」 彼の眼下横たわったものは、人間としての形を留めていなかった。なんとなく人間だと分かる。髪が長いことで、女性だということが理解できるくらいだ。 サヤ、と彼は繰り返していた。何度も何度も。 彼の泣き声が、ガラクタまみれの世界に反響していた。 彼の後ろには地平線が美しく、ゆるやかにカーブを描いていた。少し前の地球にはありえなかったものだ。 間違いなく、世界の終焉に相応しい光景だった。 私は気付いた。 私は今、彼に恋をしている。美しい彼に。 機械だけど、恋することも、愛することも、きっとあるはず。 泣き崩れる彼と少し距離をとった場所で、取り残された人工生命体は思った。 私たちどちらかの命が絶つ前に、彼に話してみようと思う。 彼も、きっと私を愛してくれているはずだ。 私が大切なことに気が付いたのに、彼は落ち込んでいた。口を開くこともなかった。 あの女性はきっと、彼にとって大切な人だったのだろう。 悲しい。そして切ない、と思った。 それは分かる。でも、その先の言葉が見つからなかった。 私は何と彼に声をかければよいのだろう。 私の体に搭載されている分析機能は、何の役にも立たなかった。 正解を導き出すためのものではなかったのか。 それでも彼は隣にいてくれた。 たまに覗く彼の笑顔が、私は大好きだった。 人間じゃない自分に嫌悪感を覚えることはあったけれど、その笑顔を見れば何だっていいと思っていた。
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