涙も流れない、

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涙も流れない、

ある暗い夜のことだった。風が強く吹いていた。 「あの、私、話したいことがあって」 思い切って口を開く。 彼はゆっくりとこちらに目を向ける。 「こんなになってしまった世界だけれど、それでも美しいなぁって思ったんです。あなたに出会ってから」 こんなに自分の感情を出すのは初めてかもしれない。 私の気持ちを、きっと彼も受け取ってくれると思っていた。 思っていたのに。 「そう、なんだ」 彼は冷たく言った。心底恨めしそうな目をしていた。 「恋しているんです、あなたに」 ついに言ってしまった。 「それは違うと思うよ」 彼はきっぱりと言った。 「えっ。」 ほんの少しだけ、2人の間に沈黙が流れる。 「…っ」 これが恋でないなら、このどうしようもない感情が愛というものではないのなら。 これは何? 「恋、とは。恋とは、何ですか」 何も考えずに、言葉を発していた。こんなのは初めてだ。 「恋なんて、そんなこと言われても人間がするものじゃないか。」 「恋は、人間と人間がしなくてはならないものなのですか。愛することは人間の特権ですか」 「っ……」 彼は私を睨みつけた。 「人の心はどこにあるのですか」 もう止まらなかった。 「人とは何ですか、人と違う私にはできないものですか。」 息が漏れた。これはきっと、「苦しい」という感情だ。そんなこと意識しなくたって、私には分かる。 「違う、違うんだよ」 「僕だって、君のことは好きだよ」 「じゃあなぜ?」 「そんなこと……」 彼の顔が歪んだ。そしてゆっくりと口を開く。 なぜ。私は愛しているのに。 なぜ、私は。なぜ私は、機械として生まれてきた。 いや、生まれてきた?ただ製造されただけじゃないか。 人を殺すという、たった1つの目的のために。 目の前には人間がいた。ただ1人、愛した人。 この人のためなら何だってできると思った。 「辛い気持ちも分からない。心がない。何も分からないだろう、アンドロイドには。所詮、ただのAIじゃないか。お前、造られたんだろう?」 そうじゃない。そうじゃなくて。 「涙も流れないただの機械」 真っ直ぐに私を見て言い放った。そして、私の腕に書かれた番号を指差す。 「……っ」 もう言葉も出なかった。
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