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都市伝説
「お帰り、疲れた顔だね」
「ごめん……寂しかった?」
玄関のドアを開けると、海老茶色の作務衣を着た要が迎え入れてくれる。長く見積もったはずの出張は、結局10日では終わらず更に2日伸びた。N.TOKYOに戻っても事務処理に追われ、およそ半月後の帰宅になった。
「当たり前だろ。君は?」
「うん。会いたかった」
トランクを居間の奥の仕事部屋に突っ込んで、洗濯物を抱えて風呂場に向かう。要は、慌てたように廊下を追いかけてくる。僕は脱衣場の隅にある洗濯機に洗濯物を放り込み、ネクタイを外し、スーツを足元に脱ぎ捨てた。Yシャツのボタンを外していたら、要がスーツを拾って苦笑いする。
「ダメだよ、シワになる」
「そんなの、どうでもいい」
Yシャツ、靴下、アンダーウェア……どんどん脱いで、洗濯槽の中に。肩書きもなにもない僕に戻っていく。
「要、早く会いたかった」
畳み終えたスーツを空いた棚に置くと、彼は僕を隅々までジッと眺める。
「会いたかった……だけ?」
「触れたかった」
愛しいパートナーの頰に指を伸ばす。ヘーゼルの瞳が甘く歪められ。
「触れて欲しかった」
彼の腕が、僕の背と後頭部を包み込む。唇が重なり……しばらく息をするのを忘れるくらい啄み合った。そのあとは、もちろん彼の作務衣を剥いで、一緒に湯船に浸かった。
――にゃあ。
「……え?」
久しぶりの気怠さに、ちゃぶ台の横で伸びていると、頭の先から耳慣れない声を聞いた。横着して首だけ持ち上げる。縁側の向こう、庭では2ダースほどのひまわりが思い思い俯いている。そっか、もう種が出来たんだ。
「どうしたの?」
トマトとモッツァレラの冷製パスタをちゃぶ台に置いて、要が見下ろしている。やれやれと身を起こし、もう一度庭をグルリと見回した。
「今、猫の鳴き声がしたんだ」
「ああ。それ、クロだよ」
「クロ?」
「1週間くらい前かなぁ、黒猫が来たんだ」
「へぇ……珍しいね」
恐らくどこかの飼い猫だろうが、デザイン・クローンは高価だから放し飼いにすることは滅多にない。
「それが、そうでもないみたいなんだ」
ちゃぶ台の上にあったタブレットをササッと操作すると、要は僕に預けて台所に戻る。
『昔飼っていたミーちゃんが、帰ってきました!』
『12年前に死んだ柴犬のタロウが、来てくれました!』
『セキセイインコのクルミが……』
ズラリと並ぶ書き込みに、首を傾げる。なんだこれ……都市伝説サイト「最期の再会」?
「亡くなったペットが、もう一度会いに来る? そんなバカな」
「特徴のある斑点とか模様とか、教えた芸までピタッと一致するんだって。凄いよね」
ミモザサラダとスパーリングワイン。ちゃぶ台に並べて、要も隣に腰を下ろす。
「この噂が本当だとしても……君、ペットなんて飼ったことないだろ?」
ペットを飼ったことがないのは、僕も同じ。だから、黒猫は僕ら目当てじゃない。
「うん。きっと、誰かのところに行く途中で、遊びに寄ってくれているんだと思う」
「そんなものなのかなぁ」
「でも、ちょっと嬉しかった。クロって、君に少し似ているんだ」
「ふぅん」
それは喜ぶことなのか……分からないまま、ワインで乾杯する。少なくとも、猫と僕を重ねてしまうくらい、要が寂しい想いをしていたということだ。しばらく家で休めそうだから、たっぷり彼を甘やかしてあげよう。
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