都市伝説

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 ――ピピ……ビーッ、ビーッ、ビーッ 「爽、鳴っている……」 「起こしてごめん。行ってくる」  隣の唇に軽く触れて、ガウンだけ羽織って階段を駆け下りる。けたたましいアラートは、非常時の通信が入ったことを表している。  仕事部屋でも、壁のランプが赤く点滅し、なにかが起きたことを訴えている。 「僕だ。どうした?」  チェアに座って、通信を繋ぐ。チラと確認した時計は、まだ夜中の2時18分。  スクリーンの中には桂がいた。いつものスーツ姿だが、右のこめかみ辺りの髪が一房跳ねている。 『暴動が発生しました! 各地でプラントが襲撃を受け――』 『(たつみ)地区の浄水施設が乗っ取られました!』  報告の途中で、別の声が急を告げる。 「落ち着いて。なにが起こっているんだ?」 『外の連中です。例のを理由に、ナチュラリストが団結して、世界各地で我が社の施設を破壊・占拠しています』 「……バカな」  先の乾プラント被害の件では、実行犯達にミスリル鉱20kgを採掘してもらうことで話を付けた。ところが、その採掘場で岩盤が崩れ、10歳の少年が命を落とした。命の危険を伴う作業だということは、連中も納得した上での合意だったから、幾ばくかの見舞金を渡して弔意を示した。その対応で不服だというのか――。 『(ひつじさる)地区で、新たに火災発生です!』 「あそこは収穫間近だろう!」 『50プラントが全滅ですっ!』  悪い情報が雪崩れ込む。もはや、うちの会社だけの問題ではない。 「桂、情報を纏めておいてくれ。僕が直接UNIONに行く」 『畏まりました!』  負の連鎖――ドミノ倒しとでも言うのか。これまで集落単位で行動し、横の連携がなかったナチュラリスト達が、今回の暴動ではなぜか一致団結をみせた。連中の怒りは我が社からプリンシパル社会全体へと広がり、その象徴であるAIとミスリル鉱の排斥運動へと形を変えた。  UNIONとの交渉が決裂すると、連中は遂にN.TOKYOに侵入し、ドームを破壊した。汚染物質と紫外線から護られてきたひ弱なヒューマンは、あっという間に病に倒れた。自らを過酷な環境に置いたナチュラリスト達は、寿命は短くなったが、プリンシパルの持たない免疫力を手に入れていた。ヒューマノイド達は、「ヒューマン・ファースト」の理念がプログラムに埋め込まれているため、ナチュラリストに襲われても抵抗することが出来なかった。保護都市N.TOKYOは、ひと月も持たずに廃墟と化した。  汚染された大気と過去の降灰が流れ込み、どこもかしこも灰色に煙っている。時折、空でキラリと青く光るのは、落下するミスリルの欠片。 「要! かな……ゴホッ」  荒廃した街の中を、暴漢の襲撃を避けながら駆けてきた。重い咳が出るのは、疾うに肺が冒されている証だ。息苦しい。視界が霞む。命の灯が心許なく揺らめいている。  辿り着いた僕らの家も、やはり瓦礫の山だった。天井が落ち、柱が倒れ、壁が崩れて跡形もない。けれども、要はこの中にいるはずだ。である彼は、光を浴びると皮膚が爛れるから、家の外には出られないんだ。僕は片っ端から瓦礫を掴み、背後に投げ捨てる。指が切れ、掌が血に染まっても。 「要っ! 要ぇ……っ!!」  望むのは、愛する彼の側で朽ちること。  お願いだから……一目でいい、会いたいんだ――。
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