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「私、AIになるんだって」
白い病室。ポールに釣られた点滴液。体に繋がった機械類。消毒液のにおいが漂う日常から切り離された異質な空間。外を眺めながら彼女はそう告げた。
私はその言葉に、そう。とだけ返した。もっと喜んでよ。と笑みを浮かべながら彼女は私が切ったりんごを口に運んだ。
「すごいよね。お父さんとお母さん、知らない間に国の死亡前AI転化プロジェクトに申し込んで選ばれたんだってさ。これで私、体が無くても生きられるんだって」
「……ふうん」
「何だっけ、サブリメイションプログラムって名前だったかな。ここ大学病院だから設備も整ってるから、そのうちやるんだってさ。春には稼働するんだって」
死亡前AI転化プロジェクト。死を前にした人間を無差別に選び生体情報を読み込み、AI化させる国の事業のひとつだ。生きることも死ぬことも無い世界に至れるのだと、応募は殺到し倍率もとても高いらしい。
手元のりんごをうさぎ型に切りながら話を聞いていた。りんごを剥く音と、しゃくしゃくとりんごを咀嚼する音が病室に響いた。
「私もう死ななくてもよくなるんだね〜。実感ないよ」
「そりゃそうだろうね」
「私この体が死んでも、またエミと遊べるんだよ。もっと喜んでよ」
ぐ、と喉元まで言葉が込み上がってきた。しかしそれは飲みこんで笑顔を貼り付ける。
喜べるわけ。ないだろうが。そう言ってやりたかった。けれど、彼女も薄々気が付いてはいるのではなかろうか。
例えAIになったとしても、それはもう彼女ではないのだ。私が友愛を向け育んだ彼女ではない。叫び出してやりたかったが、そんなこと出来はしない。
「私が死んでもお父さんとお母さんと話せてさ。エミとも話せて、国のお仕事にも参加するんだって。楽しみ〜」
呑気にそう言ってはいたが、余命半年も無い彼女にとって、それは本当に救いなのだろうかと問いたくなった。
だってAIとして生きたとしても、それは人間として生きる彼女の父母や私が死ねば、彼女はひとりになるのだ。それは、残酷すぎやしないだろうか。
「ねえ、AI化したらさ。旅行連れてってよ。旅費はエミの分だけだから私タダで行けるんだ」
「そうだな。いつも遅刻してくるあんたのお守りしなくていいのは楽だ」
「嫌味な言い方〜。死ぬ人間にもっと優しく出来ないの?」
「優しくしてほしいならするけど、絶対気持ち悪いって言うだろ」
「……あは! 言っちゃう!」
けらけらとベッドの上で笑う彼女の覗く腕は随分と細くなってしまっている。以前はちょっとふくよかな体型だったが、痩せているというよりもやつれてきている。死がそう遠くない未来のあるのだと気が付いてしまい、手元に置かれた皿に乗ったりんごの皮を俯きながら見た。
「あのさあ」
「何? エミ」
「……今度、会う時、梨持ってくるね」
「うん! 梨好きなんだ!」
「そか。これ片してそろそろ帰るわ。あんまり長居してもね。この後親御さん来るんでしょ」
「着替え持ってきてくれるくらいだけどね。りんごありがとう! 梨はね。二十一世紀梨を所望します」
「見つけたら買うわ。じゃ」
「うん。じゃね〜」
りんごの皮と紙皿をゴミ箱に捨てて、バッグを背負って病室を出た。持ってきていた果物ナイフを洗い、バッグにしまう。
病院の外に出ると秋風が通り過ぎて行った。薄手のコートは風を通すのか少々寒い。
次の春が来る頃には彼女はもう居ないのだろう。彼女の産まれた春に彼女は死に、彼女のAIが産まれる春。AIになった彼女を見た時、私はどんな反応をするのだろうか。全くの別物の彼女に。
「……AIになるなんて、残酷すぎるよ」
ぼやける目元を擦って、駅までの道のりを辿った。
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