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光が君に似ているからね
朝から蝉が鳴いている。
起き抜けの耳に、キッチンから同居人の声が届いた。ただの同居人ではない。「大変お世話になっている同居人」だ。
「瑠璃彦(るりひこ)さん、熱測りました?」
瀬名(せな)瑠璃彦はベッドからのろのろと起きだすと、ラグの上にぺたんと座り、扇風機の電源を入れた。昨夜は冷房を効かせて寝たはずが、なぜか起きるころになると蒸し暑い。
「おーい、匡平(きょうへい)。設定温度上げたか?」
汗びっしょりで尋ねると、水木(みずき)匡平は済まなさそうにふるりと震えた。実に犬っぽい仕草だと、瀬名は内心独りごちる。
「すみません、瑠璃彦さん。寒くて」
「おれはガリガリなのに暑がりで、匡平はそこそこ筋肉があるのに寒がりとは。人体の不思議だ」
爆速で回る扇風機の風を顔で受け、瀬名は金魚のようにぱくぱく口を開けた。そうしながら手探りで空調のリモコンを拾って、冷房を切る。水木は「暑ければ、朝でもつけてください」と言ってくれるが、瀬名にしてみれば節約のつもりだった。
それから、物がごちゃごちゃ積み重なっているテーブルから、体温計を手探りで探し当てる。右脇に挟んで、計測時間はおよそ九十秒。待っている間に、水木が水の入ったグラスと、薬の入ったプラスチック製のボトルを二種類持ってきた。
ボトルを見た瀬名は、露骨に肩を落とす。
「うう、吐き気が」
水木はボトルを開け、匂いを嗅いでいる。
「瑠璃彦さんは薬に匂いがあるって言ってたけど、しませんよ?」
「じゃあおれの気のせいなのかなあ? でも、ある気がするんだけど。おれの鼻が利くのかも。おれ、高校時代のあだ名は『ハチ公』だったんだよ」
「いじめられてました?」
「自分では気に入ってたぞ」
「でも、おれ的には瑠璃彦さんはネコなんですよね。にゃん彦さんって呼んでもいいですか?」
「それ、匡平はよく言うよな。絶対に嫌だ。……なんて言ってる間に残念。六度七分、平熱です」
体温計の液晶パネルを水木に見せる。水木は深くうなずいた。
「よかったですね、休薬しなくて済む。一気にいっちゃいましょう」
「はーい……」
主な副作用が「発熱」となっている薬で、熱が上がる兆候があれば服薬しないことになっている。
瀬名はしょんぼりと、「服薬日誌」の開いたページに転がした薬たちに目をやった。
「こっちの、ピンクで丸い錠剤は平気なんだけどな……。飲むのは一日一回、一錠だけだし。でもこっちのカプセルがなー……。二錠を一日二回だし、でかいし色は気持ち悪いし、喉にひっかかるし変な味もある。これを飲み込んだ直後って、ちょっと吐き気がするんだよ」
「そこまで真正面から向き合ってもらって、薬もうれしいでしょうね」
「……匡平は、顔はそんなで怖いのに、とぼけたことを言うなあ」
「怖いはよけいです。凄まじい美男と言ってください」
「はいはい。じゃあいただきます、抗がん剤」
瀬名は薬に向かって手を合わせると、錠剤とカプセルを一つずつ、飲み込んでいった。
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