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彼は新作を描くと、まずTwitterやインスタグラムで写真を撮影して公開する。そのあと、正式な新作発表もかねて個展を開く、というのが基本の流れだった。
彼の一番有名な作品“影蜥蜴”シリーズは、マニア垂涎の品とされている。一枚、時価数百万は下らないというのだから驚きだ。彼の絵を手に入れるためならば、それこそ億単位の金だって出していいというコレクターがいる。まさに魔性の魅力を放つ、ミステリアスな画家なのだ。
同じ高校出身であり、高校まで一緒の美術部だった私と実憂ちゃん。それゆえ、高校時代から今に至るまで、ともに美術館に足を運ぶことは少なくないのだった。今回もTwitterで彼の新作を見て、どうにか予約が取れたので一緒に美術館までやってきたという流れだったのだが。
「珍しいね。実憂ちゃん、谷島さんの絵好きだと思ってたんだけど」
彼女はどうにも、“運命のふたり”がお気に召さなかったらしい。美術館に併設されたカフェで、さっきからしょんぼりしたようにサンドイッチを齧っている。
「好きよ。好きだと思ってた。でも、なんていうか……今回の絵は、あたし好みじゃないなって」
あのさ、と彼女はこわごわ続ける。
「あの絵をね。じーっと見てると……女の人の顔が、段々あたしの顔に見えてくるのよ」
「女の人?黒い影を抱いてた人のこと?あれ、女の人なの?」
「瀬名ちゃんにはそう見えない?あたしには最初から女の人にしか思えなかった。で、その人の顔は隠れてるのに、なんだかこう、“これはあたしだ”って気がしてきて。それでさ、Twitterで新作発表した時、谷島さんがなんてコメントつけてたか覚えてる?」
「え?えーっと……」
どうだったっけ、と私は記憶を辿る。そうだ、確か、こんなかんじだったのではなかっただろうか。
“運命のふたり”というタイトルと、それから。
「……この絵は、人が捨てて来たものを浮き彫りにします……とかなんとか?」
どういう意味だこりゃ、としか思わなかったけれど。実憂ちゃんは何か、別の感覚を覚えたということだろうか。
私が首を傾げていると、彼女は。
「捨てて来たものって、何かしら。……あたし、なんか怖くって」
嫌だな、と俯く実憂ちゃん。
「SNSはどこも、あの絵のことで持ち切りじゃない?嫌でも、あの画像が目に入るのよね。……これ以上あの絵を見てたら、怖いことになりそう」
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