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すててきたもの。
“運命のふたり”。
新進気鋭の油絵画家、谷島瑛無の新作には、そのようなタイトルがつけられていた。
谷島の正体を知っている者は本当に少ないとされている。便宜上“彼”と呼ぶが、果たして本当は男性か女性か、若い人か年配者なのか何一つ公開されていないのだ。
ただ、多分若い人だろう、とは噂されている。
というのも彼は作品を積極的にSNSで公開してきたからだ。彼の処女作も、一番最初に発表されたのはTwitter上でのことだった。現在はTwitterと個人のホームページ以外に、YouTubeやニコニコ動画、インスタグラムなどの媒体を使って新作発表を続けている。勿論、個展も何度か開いており、その独特な作風は若い人を中心に人気を博しているのだった。
そう、彼の絵はどこまでも独自性に溢れているのだ。
一言で言えば――宇宙的恐怖や神秘を描いた、何やらホラーチックで、冒涜的にも見える絵が多いということだろうか。
――油絵の良さなんて、全然わからなかったけど。
その日。彼の新作を、私は友達の実憂ちゃんと一緒に美術館で見たのだった。彼の絵は人気もあれば美術的価値も高いとのことで、最近は美術館の一角を借り切って新作を飾らせて貰うことも少なくないのだ。
――谷島さんの絵だけはなんか、妙に惹かれるものがあるんだよね。
その絵には二人の人物が描かれている。黒いローブを身に纏った、男性とも女性ともつかぬ人物(多分体格的に大人ではあるのだろうが)。その人物が、何やら黒い人影のようなものを大切そうに抱いているのだ。黒い影の方は完全に真っ黒に塗りつぶされてしまっていて、男か女か以前に本当に人間なのかどうかもわからない。
そして、男女つかぬ人物の顔と体は横向きであり、髪の毛で顔が隠れてしまっているのでどのような表情をしているのかもわからない。
彼はどういった意図で、この絵に“運命のふたり”なんてタイトルをつけたのか。
「なんか、神秘的な絵だよね」
私が言うと、大学の友人である実憂ちゃんは“そうかなあ”と言葉を濁した。
「なんかこう、すっごく不気味。あたしはあんまり好きじゃないかも……」
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