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「おかあさん、ただいま」
という言葉に、真理恵は我に返った。
「どうしたの?何かあった?」
心配そうに言う娘・早紀の顔を見て安心した。いったいどれだけ、こうしていたのだろう。娘に、きょうのことを、まっさきに話したかった。が、すぐには言葉が出ない。
「きょう、司法書士さんが来たんでしょ?」
「ええ……」
真理恵は座ったきり、まだ話もできない。それに、本当は、こんなことは、早紀に話したくない。
隣に座った早紀は、真理恵の手を取って、おだやかに言う。
「おとうさんが亡くなったばかりなのに、いろいろ押しつけて、ごめんね」
「いいのよ、あなたは会社の社長なんだから。手続きは、私がやって、当然よ」
「手続き」。その言葉が、悪夢のように甦る。それさえ怠らなければ、今になってこんなに突き落とされることはなかったのに。くやしいし、悲しい。だが、「後悔先に立たず」だ。いくら法律上のこととはいっても、感情は簡単にはおさまらない。今は、目の前の早紀の顔だけが、救いだ。
「ああ、早紀……」
「いろんなことが、後から後から押し寄せて、疲れたんでしょう。お葬式も終わったばかりだし、関係者への連絡や何やら、やることは山のようだもんね。私も、スケジュールを調整するから、言ってね」
「早紀……」
「きょうはもう、休んだら?夕食は食べた?」
「夕食?」
もうそんな時間だったのか。午後2時過ぎに司法書士が来た。相続に必要なため、夫の良彦の、出生から死亡までの、一連の戸籍を取ってもらって、説明を受けたのだ。夫が、自分とは2度目の結婚だったということは知っていた。だが、夫の戸籍を細かく調べたことはなかったし、よもやこんなことが待ち受けていようとは、思いもしなかったのだ。だが、今ここで、早紀に事実を告げなければならない。
真理恵は、自らを奮い立たせて言った。
「早紀、言っておきたいことがあるの」
「あしたでいいわよ。おかあさん、だいぶ疲れてるんでしょ?」
「いいえ、今、ここで言わなければならないの。だから、聞いてちょうだい」
真理恵は、ソファの上で、居住まいを正したのだった。
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