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 こいつは危険だ。  ひと目見て、真理恵は、そう感じた。  事務所の応接セットに座っているのは、工藤ユリカと、その息子の、柴田翔太だ。YURIKAは、モデル兼タレントだけあって、50歳近い今でも、間近で見てもきれいだ。頭の中身はあやしいものだが(笑)、惚れる男も多いだろう。  一方、息子の翔太は、一見、スマートでジャニーズ系の、モテそうな男だが、雰囲気の崩れがなければ、完璧だ。だが、世の中には、ワルが好きな女もいるから、それなりにモテるに違いない。SNSやネットニュースでは、翔太の素行の悪さは有名だ。定職に就かず、母親の金に寄生して、遊び歩いている。闇バイトをやったこともあるらしく、一度「出し子」をやって、警察につかまったとのことだ。そんな彼にとって、今回のことは、彼にとっては、まさに「棚からぼたもち」だろう。だが、一見やさ男で、愛想がいいので、最初はだまされる人が多いと見える。確かに、礼儀知らずではないが、油断のならない崩れがある。だが、どうせ今回だけのつきあいだ。身内でもないし、夫のうかつさから、こうなっただけだ。  YURIKAも翔太も、夫の遺産がもらえるうれしさを隠せないらしい。形式的におくやみを述べたが、それより金をいつもらえるかしか関心がないのが、見え見えだ。  「それで、遺産相続の手続きは、いつになりますか?」  と、YURIKAが言う。 「弁護士と相談してみなければわかりませんので、また後ほどご連絡します」 「奥様が、日々お忙しいのはわかります。ですが、こういってはなんですが、できるだけ早くしていただきたいというのが、こちらの希望です。翔太は、良彦さんと、養子縁組をしたという事実もありますし、あまり引き延ばすと、世間がなんと言うかも気になりますので」 「法定分は、きちんとお渡ししますので、どうぞご安心ください」  なんという図々しさだ。世間より、お前が勝手なことを吹聴するだけだろう。ここまで恥知らずな女でも、夫は、見かけに惹かれて結婚したんだろう。 「ご気分を害されたのなら、あやまります」  と、そこで翔太が言葉を挟んだ。 「母がぶしつけなことを申しまして、大変申し訳ありません」  翔太は、神妙に頭を下げる。 「ですが、ただでさえ、不安定な芸能界で生きてきたんです。柴田さんのように、日々地道に努力して、見事に財産を築かれた方とは違うんです」  と、深刻な顔をして、いちおうまともなことを言い始めた。彼は続ける。 「いくら努力しても、報われるかどうかはわからない。また、きょうは声がかかっても、あしたはわからない。それに、成功するのはほんの一握りの人たちです。確かに、見かけは派手で、楽しそうに、皆さんの目に映るでしょう。ですが、実はいつも怯えているのが、現状です」  だからなんだというのだ。お前は、俳優になって、演技をしているつもりか?自分の言葉に酔ってないか?そもそも、そんな演技に、こっちが騙されると思っているのなら、大間違いだ。こんな親子は、さっさと追い返すのが一番だ。  その時、ノックの後、 「失礼します」  と言って、スーツ姿の早紀が入ってきた。 「初めまして、柴田早紀と申します。この度は、ご足労をおかけして、申し訳ありません」  と、早紀は二人に向かって、頭を下げる。 「この度は、ご愁傷さまでした。お悔みを申し上げます」  と、YURIKAが、芸能人らしく、如才なく言う。 「ありがとうございます」 「私からも、お悔みを言わせてください。大変でしたね」  ジャニーズ系の己の容姿を知っているせいか、ことさら眉根を寄せて、深く頭を下げる翔太は、母親以上の役者だ。金のためなら、いくらでも頭を下げるだろう。  早紀はさすがに、身近で見る翔太の端正なものごしに、驚いた様子だった。無理もない。いつもビジネスの現場で、しのぎを削っているのだ。うわべだけは整った男なんて、あまり見たことがないのだろう。 「ご丁寧に、ありがとうございます」  と、早紀は言って、真理恵の隣に座った。 「それで、話はまとまりましたか?」  との、早紀の質問に、 「恐縮ですが、できるだけ早く進めてほしい旨、申し上げたところですの。仮にも、大手パソコンスクールの柴田さんが、相続分を出し渋っているなどと、世間に噂されたら、イメージダウンですものね」  と、さっそくYURIKAが言う。  早紀は、その言葉で、彼女の人柄をつかんだようだ。 「できるだけ、ご希望に添えるよう努力します」  と、無難な文言で答える。 「今も話していたのですが、ぶしつけなことを言って、誠に申し訳ありません。ですが、母の気持ちも、わかっていただければと思います」  翔太は、早紀の方を向いて言う。金という下心が、透け透けだ。 「承知しました。おかあさん、他に用事はある?」 「特にないわ」  さすがに、真理恵の心中を推し量ったせいか、早紀がさっそく話をまとめにかかる。頭の良さは、父親譲りだ。こういうところは、いつもながら、頼もしい。頭がよくて真面目、仕事ができる娘が相続すれば、鬼に金棒だ。  こう言われては、さすがのユリカ親子も、腰を上げざるを得なかった。 「では、そろそろ失礼いたします」  と、YURIKAが言うと、 「私も、失礼します」  と、翔太が繰り返した。それ以上押さないのは、豆粒ほどの頭脳があるからだろう。 「本日は、お忙しい中、ご足労いただき、ありがとうございました」  と、早紀が言う。 「できるだけ早く、またご連絡します」  真理恵が言うと、 「承知しました、お待ちしています」  と、YURIKAが言い、二人は去って行った。
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