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 「よそよそしさが、おとうさん譲り」という言葉は、早紀を直撃した。まるで、いきなり心臓めがけて、刃物が飛んできた感じだ。おかげで、防御する暇もない。  とっさには声も出ない早紀にはかまわず、翔太は続ける。 「別に、早紀さんを責めているわけじゃないよ。でも、俺は連れ子だから、柴田さんは、俺に対して、本音ではつきあってくれなかった」  父の前の結婚生活のことを言われても、早紀には返す言葉がない。  やっとのことで、 「冷たいとおっしゃりたいのでしたら、どうぞ」  と、早紀は言った。 「冷たいんじゃなくて、関わりたくないのが見え見えなんだよ。まあ、柴田さんは、俺の母親を好きというだけで、俺は厄介者だったから、そのへんはしょうがなかった。でもさ、子どもだって、大人の言葉と態度がうらはらなのには、気づいてるもんだよ」  この人は、孤独感を抱えてきたということを言いたいのだろうか。だが、今の早紀には、どうしようもないのだ。できることは、法律に従って、金を分けてやることだけだ。 「関わりたくないというのは、当たっています」  早紀は、つい本心を言った。今さら、とりつくろっても仕方がない。翔太は、自分で言うように、気づいてもいたし、傷ついてもきたのだろう。だからといって、同情する理由もない。たまたま相続の件で、ほんの少し縁があったということだけで、しょせん、赤の他人なのだ。この人を慰めてくれる人は、いくらでもいるだろう。 「それに、今さら父のことを言われても、私には、なすすべがありません。あなたの取り分は、できるだけ早く用意するように努めます。それをご理解ください」  またまたビジネスの言い回しになってしまったが、仕方ない。ろくに男性とつきあったことのない早紀は、男性と話すことに慣れていないのだ。それに、有名人の息子で、名うてのワルという人間に、慣れてもいない。まして、こういうタイプの人間に会ったことがないから、どうしていいのかわからないのが、本心だ。だから、ビジネス用語で、必死に防御するのだ。  防御?何から?危険なにおいのするこの男性から?  というより、話しているうちに、こちらの心をのぞかれ、分け入ってこられるような気がして、怖いのだ。確かに整った容姿ではある。だが、無条件でそれに惚れるような早紀ではない。仕事の場で、いろんな人と会い、人生経験は少ないものの、それなりにさまざまな人を見てきた。思いやりのある人もいれば、醜い人もいる。この人はいったい、どんな人なのだろう。  混乱して、だまっている早紀の心を見透かしたように、翔太が言う。 「早紀さんの壁が、少し崩れたなら、言ったかいがあったな」 「えっ?」  壁が崩れたのだろうか?だが、いつの間にか、この人がどんな人なのか、知りたくなっている。義理がなければ、接点もなかっただろうに。 「今まで、俺に関しては、いろんなよくない噂が、君の耳に入ってきたとだろう。その噂を信じるかどうかは、早紀さんの自由だ。でも、俺も、単なる相続という理由以外で、早紀さんとつきあってみたい。もちろん、忙しいだろうけどさ」 「そう、忙しいのは本当です。だから、あなたをイラつかせたり、会う約束を破ったりというもこともあるでしょう。世間の、一般の人たちと同じように楽しむのは、不可能かもしれません」 「またまた、『不可能』とか、大学教授みたいだな。何をそんなに恐れているのか、わからないけど」  当たり前だが、この人の本性がわからない。世間で言う「ワル」なのか、遊び人なのか、それにしては、妙に人の心をとらえる部分がある。その辺が、早紀に警戒心をおこさせるのかもしれない。  翔太は突然、 「相続の件は、もういいよ」  と言った。 「え?」  早紀は、意味がわからない。 「もらえるだけもらえればいいってこと。文句は言わないし、なんなら一筆書いてもいい。でも、会える時は会おうよ。お互い、無理しない範囲で」  翔太は、早紀の逡巡をふっきるように、言う。  それで、早紀も気が楽になった。  「そうですね。そう言っていただけると、助かります」  早紀は、ホッとして言う。この言葉をうのみにしていいかどうかはわからないが、どっちにしろ、弁護士を交えて手続きをするから、あまり大きなトラブルにはならないと考えていいのではないか。  翔太は、言う。 「信じてはもらえないだろうけど、俺も、まともな人間になろうと、努力はしているんだ」  この言葉も、そのまま受け取ることはできない。当然のことながら、行動で示さないことには、信用がおけないのだ。  「もちろん、逮捕歴もあるし、人の目は、そう簡単に変わるもんじゃない。だけど、やっぱり真人間になるべきだと思ってさ。自分のためにも、母親のためにも」 「そうですか。努力と言いましたが、どんな努力をしていますか?」 「さすがは理科系だね。ちゃんと根拠があるかどうか、突っ込んでくる」 「根拠もなしに、信じるわけにはいかないでしょう。理科系は、現実を基にした学問ですから」  翔太は、笑った。 早紀は我ながら、嫌になる。また、杓子定規な、大学教授のようなもの言いをしてしまった。だが、警戒心が解けない以上、馴れ馴れしくはできないのだ。 「たとえば……そうだな、イベントの手伝いのバイトとか、飲食店での短期バイトとかね。コロナの規制がゆるんできて、どこも人手不足だから」 「そうですか」 「早紀さんに、取るに足らないと思われているのはわかるよ。でも、俺としては、これでも精一杯やってるんだ。もちろん、今は、根無し草のバイトの身分だけど、そのうちきちんとした仕事に就きたい」  早紀の目をまっすぐ見ている翔太は、猜疑心を除けば、ほんの少し魅力的だ。これで、本当にまともな人間だったら、さぞもてるだろう。こういう出会いでなければ、早紀も惚れたかもしれない。  早紀は、 「では、またご連絡しますので、そろそろ出ましょうか?」  と言った。 「そうだね、どっちにしろ、また会えるだろうし」  カフェを翔太と一緒に出る時、わずかばかり、早紀はときめきを感じたのだった。  
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