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「それでは、これで手続きは終了です」  と、弁護士が言う。  早紀の会社の応接室にいるのは、真理恵と早紀、翔太と弁護士だ。前に翔太が言ったとおり、特に翔太から疑義は出なかったし、真理恵は、そのことにひときわほっとしていた。 「明日には、柴田翔太さんの口座に、相続分が全額振り込まれますので、ご了承ください」  と、弁護士が言う。 「ありがとうございます」  と、翔太は神妙に言う。  そんな様子を、真理恵は、疑わし気に見ている。今後も油断がならないと、真理恵の直感が告げている。それに、どうもここ最近、早紀の様子が落ち着かないと思っていたら、やっぱり、翔太に恋をしていたのだ。  対して、早紀は、極力無表情のビジネスライクさを装っているが、翔太への好感は、真理恵にはいやおうなく感じられる。母親の、娘に対する目は、この上なく鋭い。それは真理恵の懸念となって、のしかかっている。ひと目見た時から、翔太は「危ない男」という勘は、変わっていない。それどころか、どこがどうというわけではないが、不信感が増すばかりだ。 「では、私はこれで失礼します」  と言って、弁護士が立ち上がる。 「どうも、いろいろありがとうございました」  と、真理恵と早紀も立ち上がって、お礼を言う。  翔太は、軽く会釈をする。 「じゃあ、俺もこれで失礼します」  と、翔太は、長居は無用とばがりに、手短に言う。 「きょうはお疲れさまでした」  と、真理恵は、形式上、にこやかに言い、 「ありがとうございました」  と、翔太も同じように答える。 「お疲れさま」  と、早紀は目で翔太を送り出す。その目を見て、早紀は、恋する女の目だということが、痛いほどわかって、絶望的になる。 「私は、会社に戻るね」  と言う早紀を、 「少し話があるから、座ってちょうだい」  と、真理恵が言う。 「なんの話?」  頭のいい早紀のことだ。うすうすわかってはいるのだろう。気乗りしない様子で、ソファに座る。 「あなた、翔太さんとつきあっているの?」 「どうしてわかったの?」 「あのばかなYURIKAが、メールを送ってきたのよ。どういうつもりで、あんなごろつきとつきあってるの?」 「悪い?それに、ごろつきじゃないわ」 「ろくでなしに決まってるじゃないの。あなただって、彼の悪い評判は、聞いているでしょ?渡すべき金は渡したんだから、もう縁を切らないと、疫病神になるわ」 「誰とつきあおうと、私の勝手よ。もう大人なんだし、分別も自由もあるんだから」  早紀はむっとしたように言う。真理恵は、その言葉に腹が立ち、 「勝手にできるわけないじゃない。あなたは、柴田パソコンスクールの社長なのよ。あんな金目当ての男に、財産を巻き上げられたら、どうするつもり?」 「偏見で言わないでよ。金目当てと決まったわけじゃあるまいし」  早紀の怒りは、増幅する。恋する娘は、母親なんか怖くない。相手の男がすべでなのだ。 「金目当てに決まってるでしょ。早紀、あなたは気分がよくないだろうけど、私はあなたより長く生きている分、世間を見てきたの。今さら、親のいうことをきけとは言えないけど、守るべきものは守らないと」 「わかってるわよ。仕事はちゃんとしてるでしょ?それに、おかあさんが言ったとおり、あげるものはあげたんだから、もういいじゃないの。私にだって自由はあるし、つきあう相手にまで文句言われたくない!」  日ごろは、冷静で分別のある早紀が、珍しく感情的になるのは、無理もないだろう。だが、真理恵は、ここでひるむわけにはいかない。 「あなたが翔太に恋をしているのは知ってる。でも、あの男は危ない、やめなさい。あなたまで危険にさらされるのは、耐えられないのよ」  真理恵の言葉は、懇願調になる。何がなんでも、あの男を遠ざけたい。だが、早紀はそれを理解しようとはしない。 「彼は、今後は真面目に生きるって言ったわ。偏見でなく、その言葉を信じて、見守ってやるべきじゃないの?」  真理恵は、もはやどうしていいかわからない。世間知らずの娘には、容姿がよくて、愛想がいい男が、王子様のように思えるのだ。ワルというレッテルは、なんの意味もないどころか、世間の理不尽な偏見によるものとしか映らない。どう言っても、恋心に油を注ぐだけだ。 「おかあさんは、偏見のない人だと思っていたけど、違ったのね」  早紀は、氷の女王のように、冷たい口調で言う。真理恵は、 「この世に偏見のない人なんて、いるかしら?それに、あなたにはわからないだろうけど、あなたを守りたいのよ」 「どうだか。本当にそうしたいなら、私にも自由にさせてよ」  これでは、堂々巡りだ。感情が、理屈を受け付けない。今の早紀に、真理恵の言い分をわかれというのが、無理だ。世の母親の中には、こんな虚しさを抱えている人も多いだろう。YURIKAが話してくれたが、翔太のバイト先でトラブルがあった時、早紀が助けたらしい。いかにも、正義感が強い早紀らしい。が、それが厄介の元で、それから、二人の仲は、急速に近づいたようだ。そもそも、早紀はなぜそんな場所に行ったのか?やはり、好意があったからだろう。 「お願いだから、翔太とは別れて」  こうなったら、もうなりふりかわわないとばかりに、真理恵は言う。  だが、早紀は残酷だ。 「私の好きにさせてもらうわ。私の人生なんだから」  と言って、早紀は部屋を出て行った。
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